鍋島氏(藤原氏北家・藤成流)・直澄流の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、鍋島氏(藤原氏北家・藤成流)・直澄流の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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鍋島氏・直澄流(肥前国蓮池藩主)の略系図

鍋島氏・直澄流の略系図

1 直澄鍋島直澄~直称の系図
4 直恒鍋島直恒~直紀の系図

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鍋島直澄~直称の系図

鍋島直澄~直称の系図

  鍋島直澄(なおすみ)【1615-1669】
 肥前国蓮池藩主。

祖父 直茂鍋島経直~直茂の系図
 勝茂鍋島勝茂の系図
祖父 徳川家康徳川家康の系図

 松平無垢子【1617-1645】
 松平忠明(→松平忠明の系図)の娘。
 鍋島忠直鍋島忠直・光茂の系図

 犬塚氏
 之治(ゆきはる)【1651-1690】〔養父:鍋島直守〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 千代鍋島直朝~直郷の系図

 伊香賀貞知の娘
 直称〔養父:鍋島直之〕
 【1665-1666】
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 直守(なおもり)【1634-1662】〔養子:鍋島之治〕
 之映(ゆきてる)【1657-1699】〔養父:鍋島貞恒〕
 之徳(ゆきのり)【1669-1696】〔養子:鍋島之基〕
 松平忠利~忠俔の系図
 【1665-1674】


  鍋島直之(なおゆき)【1643-1725】
 蓮池藩主。
 鍋島瑠璃【1655-1726】
 実は榊原照清(→榊原照清の系図)の娘。
妻の父 鍋島光茂鍋島忠直・光茂の系図
 直富(なおとみ)【1673-1694】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 幸吉【1691-1693】(『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。)

 【1669-1670】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 【1671-1672】
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 原氏
 千熊【1667-1669】
 母は『寛政重修諸家譜』による。


  鍋島直称(なおのり)/之紀(ゆきとし)【1667-1736】
 蓮池藩主。実は鍋島直澄の子。
 鍋島仁和【1683-1726】
 実は小花和成武(→小花和成武の系図)の娘。
妻の父 鍋島綱茂鍋島綱茂・吉茂の系図
 直恒 直興鍋島直恒~直紀の系図
 舜徽【1707-1730】(『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。)
 称起(のりおき)【1709-1745】〔養父:鍋島之晨〕
 直子日野資時~資平の系図
 成千代/久美【1703-1745】
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 島内氏
 瑠璃【1727-1786】〔養父:松枝貞昌〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 津賀/津瀬【1729-1796】〔養父:中沢政員〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 之基(ゆきもと)【1693-1745】〔養父:鍋島之徳〕
 熊之助【1704-1708】
 好古(よしふる)【1708-1738】〔養父:中野好志〕
 豊方(とよかた)【1711-1762】〔養父:峯五郎右衛門〕
 盛隆(もりたか)【1714-1746】〔養父:成富盛政〕
 十五郎【1717-1718】(『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。)
 玄義(はるよし)【1726-1791】〔養父:牟田玄充〕
 【1705-1707】(『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。)
 【1715-1734】(『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。)
 曽也【1718-1724】(『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。)

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鍋島直恒~直紀の系図

鍋島直恒~直紀の系図

  鍋島直恒(なおつね)/称就(のりなり)【1701-1749】
 蓮池藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。佐賀藩主鍋島宗教と対立して謹慎させられた。

祖父 直之 直称鍋島直澄~直称の系図
祖父 鍋島綱茂鍋島綱茂・吉茂の系図

 鍋島連喜以【1694-1779】
 実は鍋島光茂(→鍋島忠直・光茂の系図)の娘。
妻の父 鍋島吉茂鍋島綱茂・吉茂の系図

 犬塚常章の娘
 喬良(たかよし)【1732-1750】〔養父:鍋島種良〕
 母は『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。
 守尋(もりつぐ)【1734-1764】〔養父:牟田守陣〕
 母は『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。
 堀河康俊~康実の系図

 長崎氏
 五十【1740-1799】〔養父:中野好古〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 大隅良雄の娘
 直寛〔養父:鍋島直興〕
 七重/秀【1744-1805】〔養父:犬塚常芳〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 九重/熊【1748-1821】〔養父:成冨正冬・鍋島称信〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 六重/千屋【1742-1774】〔養父:弥永種定〕(『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。)
 鍋島治茂に嫁ぐ予定であった。


  鍋島直興(なおおき)/直賢(なおかた)【1730-1757】
 蓮池藩主。母は『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。


  鍋島直寛(なおひろ)【1746-1773】
 蓮池藩主。実は鍋島直恒の子。
 鍋島千百【1748-1772】
 実は甘露寺規長(→甘露寺規長・篤長の系図)の娘。
妻の父 鍋島宗教鍋島宗茂~重茂の系図
 連喜【1768-1769】
 母は『寛政重修諸家譜』による。


  鍋島直温(なおはる)/直候(なおよし)【1766-1825】(以下、『鍋嶋家譜(肥前蓮池)』による。)
 蓮池藩主。藩校成章館を創設した。
 鍋島綏子/美寿【1766-1835】
 実は堀河康実(→堀河康俊~康実の系図)の娘。
妻の父 鍋島治茂鍋島治茂の系図

 直道【1789-1820】
 実は鍋島治茂(→鍋島治茂の系図)の子。
 与善【1811-1839】〔養父:鍋島直温〕
曾孫 紀倫【1837-?】

 与善
 実は鍋島直道の子。


  鍋島直与(なおとも)【1798-1864】
 蓮池藩主。実は鍋島治茂(→鍋島治茂の系図)の子。
 鍋島姷子/都留【1802-1822】
 実は日野資矩(→日野資時~資平の系図)の娘。
妻の父 鍋島直正鍋島忠茂~直孝の系図

 二条遂子/千万【1804-1826】〔養父:甘露寺国長(→甘露寺国長~義長の系図)、鍋島直正(→鍋島忠茂~直孝の系図)〕
 二条治孝(→二条治孝~斉敬の系図)の娘。

 綸若【1831-1832】
 絢若【1835-?】
 清総【1838-?】〔養父:石井清慎〕
 綽若【1839-?】
 紳若【1838-?】〔養父:鍋島進良〕
 綏若【1848-1855】〔養父:成冨正頤〕
 続若【1854-1859】
 直与の娘【1832】
 直与の娘【1832】
 寿美【1837-1839】
 【1840-1845】
 【1842-1843】
 /清【1843-1870】
 鍋島直宜~直彬の系図
 /千代【1844-?】
 【1844-1846】
 【1846】
 〓は「王」+「央」。
 /都連【1848-1866】〔養父:鍋島与謙〕
 津奈宗義暢~重正の系図
 敏子大関増輔~増勤の系図
 津和【1853-1855】
 津亭【1856】
 寿恵/菊【1857-1873】〔養父:鍋島与義〕


  鍋島直紀(なおただ)【1826-1891】
 蓮池藩主。
 鍋島常子/庸千代/操【1837-1862】
 鍋島直尭(→鍋島直員~直虎の系図)の娘。
 鍋島穣子/易【1766-1835】
 実は鍋島直永(→鍋島直宜~直彬の系図)の娘。
妻の父 鍋島直正鍋島斉直~直大の系図

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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