鳥居氏(平氏)の系図

系図のメモ帳
スポンサーリンク

 このページでは、鳥居氏(平氏)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

スポンサーリンク

鳥居氏(下野国壬生藩主)の略系図

鳥居氏の略系図

1 重氏鳥居重氏~重春の系図
13 重近鳥居重近~忠吉の系図
15-A 吉守鳥居吉守~忠安・吉貫~佳逵の系図

19 元忠鳥居元忠・忠政の系図
19-A1 成次鳥居成次・忠春の系図
19-A2 成勝鳥居成勝~成純の系図
19-B 忠頼鳥居忠頼~忠容の系図

21 忠春鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図
24 忠瞭鳥居忠瞭の系図
25 忠意鳥居忠意・忠見の系図
27 忠燾鳥居忠燾~忠文の系図

スポンサーリンク

鳥居重氏~重春の系図

鳥居重氏~重春の系図

  鳥居重氏(しげうじ)/行範(以下、『華族系譜』による。)
 先祖は穂積氏で、農見大臣重高の末裔という。熊野山に一の鳥居を建て、鳥居を称したという。
 丹鶴姫/熊野鳥居禅尼(くまのとりいぜんに)
 源為義(→源為義の系図)の娘。但馬国多々良岐荘の地頭に補された。

 長詮(『寛政重修諸家譜』による。)


  鳥居忠氏(ただうじ)/行忠(ゆきただ)【?-1173】


  鳥居重茂(しげもち)


  鳥居忠茂(ただもち)


  鳥居重俊(しげとし)
 父は『寛政重修諸家譜』による。『華族系譜』によれば父は鳥居重茂。


  鳥居重勝(しげかつ)
 父は『寛政重修諸家譜』による。『華族系譜』によれば父は鳥居忠茂。


  鳥居忠勝(ただかつ)


  鳥居忠俊(ただとし)


  鳥居忠吉(ただよし)/忠由(ただよし)


  鳥居忠景(ただかげ)【?-1377】


  鳥居重政(しげまさ)【?-1408】
 脇屋信子【?-1395】


  鳥居重春(しげはる)【?-1454】
 今川槙子【?-1445】

 重近 重実鳥居重近~忠吉の系図
 重春の娘【?-1530】

スポンサーリンク

鳥居重近~忠吉の系図

鳥居重近~忠吉の系図

  鳥居重近(しげちか)【?-1496】
 父は『寛政重修諸家譜』による。『華族系譜』によれば父は鳥居重政。

祖父 重政 重春鳥居重氏~重春の系図


  鳥居重実(しげざね)【?-1504】
 父は『寛政重修諸家譜』による。『華族系譜』によれば父は鳥居重春。
 重実の娘〔養父:阿部新四郎〕


  鳥居重元(しげもと)【?-1522】
 久松須賀子【?-1528】
 久松定光(→久松道定~定義の系図)の娘。

 重兼【?-1562】
 重義【?-1556】
 重綱【?-1570】

 吉守 吉則鳥居吉守~忠安・吉貫~佳逵の系図
 重元の娘〔養父:小川豊前守〕


  鳥居忠次(ただつぐ)
 父は『寛政重修諸家譜』による。『華族系譜』によれば父は鳥居重実。


  鳥居忠明(ただはる)
 父は『寛政重修諸家譜』による。『華族系譜』によれば父は鳥居重元。
 阿部美津子【?-1545】

 重久
子の妻 酒井忠通の娘【?-1588】

 重忠【?-1569】
 忠則
 実は福島孝治の子。

 忠広/直忠【?-1572】
曾孫 重文(しげふみ)【?-1598】

 吉勝【?-1615】


  鳥居忠吉(ただよし)【?-1572】
 松平清康・広忠に仕えた。
 善子【?-1558】

 忠宗(ただむね)【?-1547】
 元忠 忠政鳥居元忠・忠政の系図
 成次鳥居成次・忠春の系図
 忠頼鳥居忠頼~忠容の系図

 忠広(ただひろ)【?-1572】(『寛政重修諸家譜』による。)
 三方ヶ原の戦いで討ち死にした。
子の夫 三宅政貞→三宅政貞の系図
子の夫 松平重勝→松平重勝の系図
子の夫 本多重次本多信正~成重の系図

鳥居吉守~忠安・吉貫~佳逵の系図

鳥居吉守~忠安・吉貫~佳逵の系図

  鳥居吉守(よしもり)(以下、『寛政重修諸家譜』による。)

祖父 重実 重元鳥居重近~忠吉の系図


  鳥居吉則(よしのり)


  鳥居吉清(よしきよ)


  鳥居吉次(よしつぐ)
 又五郎〔養父:鳥居吉長〕


  鳥居吉長(よしなが)【?-1655】


  鳥居又五郎【?-1658】
 実は鳥居吉次の子。


  鳥居忠知(ただとも)【?-1705】
 実は庵原正成(→庵原正成の系図)の子。
 大岡義昌の娘
妻の父 大岡義昌→大岡義昌の系図
 忠周(ただちか)【?-1703】

 忠知の娘〔養父:浅井七兵衛〕


  鳥居忠好(ただよし)【?-1747】
子の夫 大岡義久→大岡義久の系図


  鳥居忠英(ただふさ)【1728-1765】


  鳥居忠明(ただあきら)/忠道(ただみち)【1749-1792】
 実は小宮山昌春(→小宮山昌春の系図)の子。


  鳥居忠安(ただやす)【1774-?】


  鳥居吉貫(よしつら)【?-1669】


  鳥居吉重(よししげ)【1638-1679】
 実は中島茂兵衛の子。
 鈴木勝之〔養父:鈴木勝定〕→鈴木勝之の系図


  鳥居守明(もりあきら)/吉明(よしあきら)【1659-1743】
 実は長塩儀右衛門の子。


  鳥居季包(すえかね)【1702-1773】
 実は河野通加の子。


  鳥居佳逵(よしみち)/吉亨(よしみち)【1745-?】

スポンサーリンク

鳥居元忠・忠政の系図

鳥居元忠・忠政の系図

  鳥居元忠(もとただ)【1539-1600】
 下総国矢作藩主。徳川家康に仕えた。関ケ原の戦いに際し、伏見城で西軍の攻撃を受けて討ち死にした。

祖父 忠明 忠吉鳥居重近~忠吉の系図

 松平貞子【?-1613】
 松平家広(→松平家広の系図)の娘。
 康忠(やすただ)【1569-1590】
子の妻 松平清宗の娘
子の妻の父 松平清宗→松平清宗の系図

 成次 忠春鳥居成次・忠春の系図
 朝子土岐定政~頼行の系図

 馬場春子【1556-1638】
 馬場氏勝(→馬場氏勝の系図)の娘。
 忠勝(ただかつ)【1588-1662】
子の妻 諏訪頼水の娘
子の妻の父 諏訪頼水→諏訪頼水の系図

 忠頼 忠以鳥居忠頼~忠容の系図
 忠昌(ただまさ)/忠義(ただよし)【1598-1634】
 美喜子戸沢政盛・正誠の系図


  鳥居忠政(ただまさ)【1566-1628】
 矢作藩主・陸奥国平藩主・出羽国山形藩主。
 滝川伊与子【1566-1653】
 滝川雄利(→滝川雄利の系図)の娘。
 稜子井伊直勝~直員の系図

 車氏【?-1630】
 忠恒(ただつね)【1604-1636】
 山形藩主。嗣子がおらず、領地を没収された。
子の妻 森照子【?-1666】
 森忠政(→森忠政の系図)の娘。

 戸沢定盛〔養父:戸沢政盛〕→戸沢政盛・正誠の系図
 妙子酒井忠勝~忠真・忠俊~忠盈の系図
 香久子奥平貞能~忠昌の系図
 奥平昌能奥平昌能~昌敦の系図

 内藤氏【?-1660】
 忠春 忠則 忠辰鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図
 諏訪子→真田信重の系図
 佐柄子大河内貞顕~正雄の系図
 多賀子前田利次~利隆の系図

鳥居成次・忠春の系図

鳥居成次・忠春の系図

  鳥居成次(なりつぐ)【1570-1631】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)
 甲斐国谷村藩主。徳川忠長の付家老となった。

祖父 忠吉鳥居重近~忠吉の系図
 元忠鳥居元忠・忠政の系図
祖父 松平家広→松平家広の系図

 忠房(ただふさ)/成信(なりのぶ)【1606-1637】
子の妻 有馬豊氏の娘
子の妻の父 有馬豊氏有馬義祐~豊氏の系図

子の夫 井上正利井上正利・正興~正章の系図
 正任井上正任~正経の系図

子の夫 日向政次→日向政次の系図
子の夫 八木豊次→八木豊次の系図
子の夫 久永重知→久永重知の系図


  鳥居忠春(ただはる)/忠直(ただなお)【1621-1700】
 安藤正珍の娘
妻の父 安藤正珍→安藤正珍の系図
 成勝 成昭鳥居成勝~成純の系図
 大森勝長〔養父:大森好輝〕→大森勝長の系図
 成豊〔養父:鳥居忠以〕→鳥居忠頼~忠容の系図

子の夫 久世広賢久世広当~広孝の系図
子の夫 中根正包→中根正包の系図
子の夫 牛込重義→牛込重義の系図

鳥居成勝~成純の系図

鳥居成勝~成純の系図

  鳥居成勝(なりかつ)【1645-1718】

祖父 成次 忠春鳥居成次・忠春の系図
祖父 安藤正珍→安藤正珍の系図

 鳥居須賀子
 鳥居忠春(→鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図)の娘。

 戸沢正成〔養父:戸沢正庸〕→戸沢正庸~正良の系図
 成勝の娘〔養父:鳥居成昭〕
子の夫 大草高盛→大草高盛の系図


  鳥居成昭(なりてる)【1674-1739】
 井上政蔽の娘
妻の父 井上政蔽井上政蔽~正国の系図
 大河内政明〔養父:大河内政経〕→大河内正澄~政儀の系図

子の夫 勝田元著→勝田元著の系図


  鳥居忠雄(ただお)【1723-1766】
 小田切直刻の娘
妻の父 小田切直刻→小田切直刻の系図

子の夫 水野忠通水野勝隆~忠一・勝宥~勝興の系図
子の夫 本多重守本多重勝~正照の系図
子の夫 小笠原持易小笠原長真~持齢の系図


  鳥居忠継(ただつぐ)【1743-1776】
 滝川春章の娘
妻の父 滝川春章→滝川春章の系図
 北条氏富〔養父:北条氏統〕→北条元氏~氏富の系図


  鳥居成純(なりすみ)【1762-?】
 佐野茂幸の娘
妻の父 佐野茂幸→佐野茂幸の系図
 安藤直温→安藤直温の系図

 黒田直亨の娘
妻の父 黒田直亨→黒田直亨の系図

鳥居忠頼~忠容の系図

鳥居忠頼~忠容の系図

  鳥居忠頼(ただより)【1592-1653】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)

祖父 忠吉鳥居重近~忠吉の系図
 元忠鳥居元忠・忠政の系図
祖父 馬場氏勝→馬場氏勝の系図

 阿部忠吉の娘
妻の父 阿部忠吉阿部忠吉~正能の系図

 忠久(ただひさ)【1637-1660】
子の夫 内藤章政内藤直政~政守・章政~政勝の系図


  鳥居忠以(ただもち)【1631-1685】
 松平直次の娘
妻の父 松平直次→松平直次の系図

 花房栄勝の娘
妻の父 花房栄勝→花房栄勝の系図

 忠以の娘
 鳥居成豊に嫁ぐ予定であった。


  鳥居成豊(なりとよ)【1667-1746】
 実は鳥居忠春(→鳥居成次・忠春の系図)の子。
 中川忠久の娘
妻の父 中川忠久→中川忠久の系図


  鳥居忠余(ただよ)【1707-1779】
 辻守参の娘
妻の父 辻守参→辻守参の系図

 桑山元武の娘
 実は桑山孝晴(→桑山孝晴の系図)の娘。
妻の父 桑山元武→桑山元武の系図

 奥山良政の娘
妻の父 奥山良政→奥山良政の系図

 植村正朝の娘
妻の父 植村正朝植村忠朝~泰通・忠元~千吉の系図
 最上義隆→最上義隆の系図

 忠余の娘
 戸田直興に嫁ぐ予定であった。
子の夫 高島兼良→高島兼良の系図


  鳥居忠洪(ただひろ)【1744-?】
 内藤信就の娘
妻の父 内藤信就内藤信通~信幅の系図


  鳥居忠容(ただつね)【1778-?】
 実は角南国明(→角南国明の系図)の子。
 酒井忠宣の娘
妻の父 酒井忠宣→酒井忠宣の系図

スポンサーリンク

鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図

鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図

  鳥居忠春(ただはる)【1624-1663】
 信濃国高遠藩主。兄の忠恒が亡くなって絶家となったが、父祖の功により、高遠藩主となった。

祖父 元忠 忠政鳥居元忠・忠政の系図

 三浦静子【?-1663】
 三浦正次(→三浦正次・安次の系図)の娘。
 揖斐政寿〔養父:揖斐政豊〕→揖斐政寿の系図
 真砂子→山内一俊の系図
 吉子→新庄直賢の系図
 岩子→松下直昌の系図
 須賀子鳥居成勝~成純の系図
 百子→知久昌直の系図・春日義陣の系図

 万子→西尾包教の系図


  鳥居忠則(ただのり)/忠常(ただつね)【1646-1689】
 高遠藩主。家臣の不祥事により閉門処分を受け、自害した。
 森菊子【?-1624】
 森長継(→森長継の系図)の娘。
 福永氏【?-1673】
 神谷氏【?-1687】
 忠瞭〔養父:鳥居忠英〕→鳥居忠瞭の系図


  鳥居忠英(ただてる)/忠救(ただすけ)【1665-1716】
 能登国下村藩主・近江国水口藩主・下野国壬生藩主。父の忠則の自害で所領を没収されたが、先祖の功で下村藩主となった。
 島津義子【?-1708】
 島津綱久(→島津綱久の系図)の娘。
 喜代子阿部正福・正右の系図・牧野成央の系図

 忠瞭鳥居忠瞭の系図
 忠意鳥居忠意・忠見の系図


  鳥居忠辰(ただとし)【1649-1683】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)
 遠山伊次の娘
妻の父 遠山伊次→遠山伊次の系図

子の夫 大草高忠→大草高忠の系図


  鳥居忠丘(ただおか)【1675-1730】
 織田長迢の娘
妻の父 織田長迢→織田長迢の系図
 忠重〔養父:鳥居忠該〕

 松平康済の娘
妻の父 松平康済→松平康済の系図

 忠得〔養父:鳥居忠喬、養子:鳥居忠良(→鳥居忠意・忠見の系図)〕
子の夫 遠山景昵→遠山景昵の系図
子の夫 飯河仲信→飯河仲信の系図


  鳥居忠該(ただかね)【1702-1780】
 忠該の娘〔養父:鳥居忠重〕
子の夫 横田松房→横田松房の系図


  鳥居忠重(ただしげ)【1725-?】
 之信
 実は松下之郷(→松下之郷の系図)の子。
子の妻 鳥居忠重の娘
 実は鳥居忠該の娘。

 忠誠
 実は長谷川正誠(→長谷川正誠の系図)の子。
子の夫 兼康公楨→兼康公楨の系図
子の夫 若林直行→若林直行の系図


  鳥居忠紀(ただふさ)【1759-?】
 実は松平定卓(→松平定澄~定謐の系図)の子。

スポンサーリンク

鳥居忠瞭の系図

鳥居忠瞭の系図

  鳥居忠瞭(ただあきら)【1681-1735】
 壬生藩主。実は鳥居忠則(→鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図)の子。

祖父 忠則 忠英鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図

 本庄幾子【?-1722】
 本庄資俊(→本庄資俊の系図)の娘。
 利衛子三浦吉明~大岡忠美の系図

 小西氏【?-1774】
 忠意 忠見鳥居忠意・忠見の系図
 大久保忠翰〔養父:大久保往忠〕→大久保忠翰の系図
 忠亮(ただすけ)【1729-1750】
 斗居子→島津忠雅の系図
 登亀子【1723-1739】
 豊子毛利高丘~高謙の系図

スポンサーリンク

鳥居忠意・忠見の系図

鳥居忠意・忠見の系図

  鳥居忠意(ただおき)/忠孝(ただたか)/忠胤(ただたね)【1717-1794】
 老中・壬生藩主。

祖父 忠英鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図
 忠瞭鳥居忠瞭の系図

 亀井良子【?-1740】
 実は亀井茲長(→亀井茲親~茲胤の系図)の娘。
妻の父 亀井茲親亀井茲親~茲胤の系図

 中山氏【?-1782】
 忠求(ただやす)/忠高(ただたか)【1738-1789】
子の妻 溝口花子【?-1796】
 溝口直温(→溝口直温の系図)の娘。

 忠貴(ただたか)【1769-1834】
 竹村嘉道〔養父:竹村嘉品〕→竹村嘉道の系図
 八尾子→加藤泰賢の系図
 三栄子松平正朝~正卜の系図
 安子松平忠根~忠元の系図・斎藤三英の系図

 坪内定系〔養父:坪内定孝〕→坪内定系の系図

 伊東氏【?-1778】
 戸川安昶〔養父:戸川安煕〕→戸川安昶の系図
 忠良〔養父:鳥居忠得(→鳥居忠春~忠英・忠辰~忠紀の系図)、養子:鳥居忠弘〕
 邦子→花房正応の系図

 麻衛氏
 竹中元恭〔養父:竹中元儔〕→竹中元恭の系図
 虎子→織田秀綿の系図・土屋業直の系図

 川久保氏
 道子→高木正弼の系図
 勝子→花房職雍の系図

 忠利【1784-1835】
 忠度【1786-?】〔養父:鳥居忠純〕
 忠弘〔養父:鳥居忠良〕


  鳥居忠見(ただみ)【1746-1794】
 文氏【?-1812】
 亀五郎【1773-1774】
 忠燾 忠威鳥居忠燾~忠文の系図
 亮十郎【1781】

スポンサーリンク

鳥居忠燾~忠文の系図

鳥居忠燾~忠文の系図

  鳥居忠燾(ただてる)【1777-1821】
 壬生藩主。

祖父 忠意 忠見鳥居忠意・忠見の系図

 内藤恒子【1774-1839】
 内藤頼尚(→内藤清枚~頼直の系図)の娘。
 高子→牧野康明の系図

 岡田流武【?-1826】
 忠挙〔養父:鳥居忠威〕


  鳥居忠威(ただあきら)/忠章【1809-1826】
 壬生藩主。


  鳥居忠挙(ただひら)【1815-1857】
 壬生藩主。実は鳥居忠燾の子。
 松平聡子【1774-1839】
 松平康任(→松平康定~康載の系図)の娘。
 忠粛【1834-1852】
 鎮子【1833-1843】
 錫子岡部長慎~長職の系図
 〓子【1843-1846】
 〓は「金」+「人」+「彡」。

 井上浪崎
 友之丞【1843-1844】
 忠文〔養父:鳥居忠宝〕
 載子【1850-1869】


  鳥居忠宝(ただとみ)【1845-1885】
 壬生藩主。
 酒井愛子【1774-1839】
 酒井忠発(→酒井忠発~忠宝の系図)の娘。


  鳥居忠文(ただぶみ)【1847-1914】
 壬生藩主。実は鳥居忠挙の子。維新後、岩倉使節団に同船してアメリカに留学した。
 松平鈴子
 松平康圭(→松平康定~康載の系図)の娘。
 藪嶺子
 藪実方(→藪保季~実方の系図)の娘。

スポンサーリンク

系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
タイトルとURLをコピーしました