仁明天皇〜宇多天皇の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、仁明天皇から宇多天皇までの系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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仁明天皇の系図

仁明天皇の系図

第54代 仁明天皇(にんみょう)/正良親王(まさら)【810−850/在位:833−850】
 恒貞親王を皇太子としたが、承和の変により、道康親王を皇太子とした。陵の地に因み、深草帝と称される。

祖父 桓武天皇桓武天皇の系図
 嵯峨天皇嵯峨天皇の系図

女御 藤原順子(のぶこ・じゅんし)【809−871】
 仏教に深く帰依し、安祥寺を建立した。五条后と称された。
女御の父 藤原冬嗣藤原冬嗣の系図
 文徳天皇文徳天皇の系図
 清和天皇清和天皇の系図
 源能有源能有の系図

女御 藤原沢子(さわこ・たくし)【?−839】
 突然の病で亡くなった。
女御の父 藤原総継藤原総継の系図
 宗康親王(むねやす)【828−868】
 光孝天皇光孝天皇の系図
 是忠親王是忠親王の系図
 宇多天皇宇多天皇の系図
 源近善源近善~清敏の系図
 源貞恒是茂 是貞親王源旧鑑是恒香泉友貞是貞親王・源旧鑑・是恒・貞恒・是茂・香泉・友貞の系図
 源国紀源国紀・公忠の系図

 人康親王人康親王・本康親王・源光の系図
 新子内親王(にいこ・しんし)【?−897】

女御 藤原貞子(ていし)【?−864】
女御の父 藤原三守藤原三守の系図
 親子内親王(ちかこ)【?−851】
 成康親王(なりやす)【836−853】
 天然痘で亡くなった。
 平子内親王(たいらけいこ・へいし)【?−877】

女御 滋野縄子(ただこ・つなこ)
女御の父 滋野貞主(さだぬし)【785−852】
 参議。儒者。『経国集』を編纂し、序を記した。仏教を信仰し、慈恩寺を創建した。娘に藤原吉備雄(→藤原真夏の系図)の妻がいる。
 時子内親王(ときこ)【?−847】
 斎院。
 柔子内親王(やすこ・よしこ・じゅうし)【?−869】
 本康親王(もとやす)→人康親王・本康親王・源光の系図

更衣 紀種子(たねこ)【?−869】
更衣の父 紀名虎(なとら)【?−847】
 藤原氏との勢力争いに敗れ、公卿には昇れなかった。娘に藤原富士麿(→藤原村田・富士麿の系図)の妻、藤原有貞(→藤原有貞の系図)の妻がいる。
 常康親王(つねやす)【?−869】
 天皇の崩御を機に出家した。
 真子内親王(さねこ・しんし)【?−870】

後宮 高宗女王(たかむね)
 久子内親王(ひさこ)【?−876】
 斎宮。

後宮 三国町
 過失があったため、後宮を退いた。
 貞登(のぼる)

後宮 藤原賀登子(かとこ)
後宮の父 藤原福当麿藤原福当麿の系図
 国康親王(くにやす)【?−898】
 病弱のため出家した。

後宮 藤原小童子(わらわこ)
後宮の父 藤原道長藤原是公の系図
 重子内親王(しげこ)【?−865】

後宮 百済永慶(えいきょう)
 高子内親王(たかいこ)【?−866】
 斎院。

後宮 山口氏
 源覚(さとる)【849−879】

後宮 百済王豊俊の娘
 源多(まさる)【831−888】
 右大臣。仁明天皇崩御後、一度は出家したが、間もなく復任した。
 源光人康親王・本康親王・源光の系図

 源冷(すずし)【835−890】
 参議。
 源効(いたる)

人康親王・本康親王・源光の系図

人康親王・本康親王・源光の系図

  人康親王(さねやす)【831−872】

祖父 嵯峨天皇嵯峨天皇の系図
 仁明天皇仁明天皇の系図
祖父 藤原総継藤原総継の系図

 源興基(おきもと)【845-891】
 参議。
 宜子清和天皇の系図

 源興範(おきのり)
 源興扶(おきすけ)
子の夫 藤原基経藤原良房・基経の系図
 時平藤原時平の系図
 忠平藤原忠平の系図

子の夫 平惟範高棟王・平惟範の系図
 時望平時望・真材の系図


  本康親王(もとやす)【?−901】
 香の調合にすぐれた。
 雅望王(まさもち)
子の妻 藤原山蔭の娘
子の妻の父 藤原山蔭藤原山蔭の系図
 平随時(よりとき)【890-953】
 参議。
孫の妻 藤原定方の娘
孫の妻の父 藤原定方藤原定方の系図

 平希世(まれよ)【?-930】
 清涼殿で落雷に遭って亡くなった。
曾孫の夫 藤原助信藤原助信の系図

 廉子女王藤原時平の系図
 元子女王(もとこ・げんし)
 斎宮。

 平在寛(ありひろ)

 源由道
子の妻 藤原忠文の娘
子の妻の父 藤原忠文藤原春津の系図


  源光(ひかる)【846−913】
 右大臣。藤原時平の没後は廟堂の首班となったが、狩猟の際に落馬して亡くなった。
 (かしこし)
 (あつし)
孫の妻 源満仲の娘
孫の妻の父 源満仲→源満仲の系図
曾孫 渡辺綱
 実は源宛(→源融~宛の系図)の子。

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文徳天皇の系図

文徳天皇の系図

第55代 文徳天皇(もんとく)/道康親王(みちやす)【827-858/在位:850-858】
 承和の変で皇太子恒貞親王が廃されたことにより立太子した。在位中は外戚の藤原良房が政治を主導した。

祖父 嵯峨天皇嵯峨天皇の系図
 仁明天皇仁明天皇の系図
祖父 藤原冬嗣藤原冬嗣の系図

女御 藤原明子(あきらけいこ・めいし)【828-900】
 染殿后と称された。
女御の父 藤原良房藤原良房・基経の系図
 清和天皇清和天皇の系図
 陽成天皇陽成天皇の系図

 儀子内親王(ぎし)【?-879】
 斎院。

女御 藤原古子(ふるこ)
 藤原順子の出家に従い、仏門に入った。
女御の父 藤原冬嗣藤原冬嗣の系図

女御 東子女王(あづまこ・とうし)【?-865】
女御 藤原年子(としこ)
女御 藤原多可幾子(たかきこ)【?-858】
女御の父 藤原良相藤原良相の系図

女御 藤原是子(これこ)
後宮 紀静子(しずこ)【?-866】
後宮の父 紀名虎仁明天皇の系図
 惟喬親王(これたか)【844-897】
 第一皇子として天皇に鍾愛されたが、立太子は実現しなかった。
 兼覧王(かねみ)【?-932】
 和歌に秀でた。

 惟条親王(これえだ)【846-868】
 景式王(かげのり)

 述子内親王(のぶこ・じゅつし)【?-897】
 斎院。
 珍子内親王(よしこ・ちんし)【?-877】
 恬子内親王(やすこ・てんし)【?-913】
 斎宮。

後宮 滋野岑子(みねこ)
 源本有(もとあり)
 源載有惟彦親王・源定有・行有・載有の系図
 源淵子(ふちこ)

後宮 滋野奥子(おくこ)
後宮の父 滋野貞主仁明天皇の系図
 惟彦親王惟彦親王・源定有・行有・載有の系図
 濃子内親王(あつこ・のうし)【?-903】

後宮 藤原今子(いまこ・こんし)
後宮の父 藤原貞守藤原園主の系図
 惟恒親王(これつね)【?-904】
 礼子内親王(あやこ・れいし)【?-899】
 掲子内親王(ながこ・けいし)【?-914】
 母は紀静子とも。斎宮になったが、陽成天皇の退位により伊勢に下向しなかった。

後宮 藤原列子(れつし)
後宮の父 藤原是雄藤原真夏の系図
 晏子内親王(やすこ・あんし)【?-900】
 斎宮。
 慧子内親王(あきらけいこ・けいし)【?-881】
 斎院。

後宮 橘忠子(ちゅうし)
後宮の父 橘氏公(うじきみ)【783-847】
 右大臣。娘の時子は源明(→源常・明の系図)の妻になった。

後宮 橘房子(ふさこ)
後宮 伴氏
 源能有源能有の系図
 当時源当時・相職の系図
 当年源当年の系図

後宮 丹墀氏
 源毎有(つねあり)

後宮 清原氏
 源時有(ときあり)

後宮 菅野氏
 源定有惟彦親王・源定有・行有・載有の系図

後宮 菅原氏
 源富子(とみこ)

後宮 布勢氏
 源行有惟彦親王・源定有・行有・載有の系図

 源憑子(ひょうし)
 源謙子(けんし)
 源列子(れつし)
 源済子清和天皇の系図
 源奥子(おくこ)
 源脩子(ながこ)

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清和天皇の系図

清和天皇の系図

第56代 清和天皇(せいわ)/惟仁親王(これひと)【850-880/在位:858-876】
 9歳で即位し、外祖父の藤原良房が人臣から初の摂政になった。

祖父 仁明天皇仁明天皇の系図
 文徳天皇文徳天皇の系図
祖父 藤原良房藤原良房・基経の系図

女御 藤原高子(たかいこ・こうし)【842-910】
 入内前には在原業平と恋愛関係にあったとされる。
女御の父 藤原長良藤原長良の系図
 陽成天皇陽成天皇の系図
 貞保親王(さだやす)【870-924】
 管絃に優れ、勅命で横笛や琵琶の伝授をした。
 敦子内親王(あつこ)【?-930】
 斎院。

女御 藤原佳珠子(かずこ)
女御の父 藤原基経藤原良房・基経の系図
 貞辰親王(さだとき)【874-929】

女御 藤原多美子(たみこ)【?-886】
 天皇の寵愛を集めた。
女御の父 藤原良相藤原良相の系図

女御 源済子(なりこ・さいし)
女御の父 文徳天皇文徳天皇の系図

女御 源厳子(いずこ・げんし)【?-879】
女御の父 源能有源能有の系図

女御 藤原頼子(よりこ)【?-936】
女御の父 藤原基経藤原良房・基経の系図

女御 忠子内親王(ただこ)【?-904】
女御の父 光孝天皇光孝天皇の系図

女御 嘉子女王(よしこ)
女御 兼子女王(けんし)
女御 平寛子(ひろこ)
女御 源暄子(けんし)
女御 源貞子(さだこ・ていし)【?-873】
女御 源宜子(ぎし)
女御の父 源興基人康親王・本康親王・源光の系図

更衣 藤原良近の娘
更衣の父 藤原良近藤原綱継・吉野の系図
 貞平親王(さだひら)【?-913】
 識子内親王(さとこ・しきし)【874-906】
 斎宮。

更衣 在原文子(ぶんし)
更衣の父 在原行平平城天皇の系図
 貞数親王(さだかず)【875-916】
 舞の名手として知られた。
 源為善(ためよし)

更衣 藤原諸藤の娘
更衣の父 藤原諸藤藤原有統の系図
 貞真親王(さだざね)【876-932】
 詩文に優れた。
 源蕃基(しげもと)
 源蕃平(しげひら)
 源蕃固(しげかた)
 源元亮(もとすけ)

更衣 藤原真宗の娘
 貞頼親王(さだより)【876-922】

更衣 佐伯子房の娘
 源長鑑(ながみ)
 源長頼(ながより)

更衣 橘休蔭(よしかげ)の娘【?-924】
 貞固親王(さだかた)【?-930】

後宮 藤原仲統の娘
後宮の父 藤原仲統藤原三守の系図
 貞元親王(さだもと)【?-909】
子の妻 藤原基経の娘
子の妻の父 藤原基経藤原良房・基経の系図
 源兼忠(かねただ)【901-958】〔養子:源重之〕
 参議。

 源兼信(かねのぶ)
孫の夫 藤原忠房藤原継彦の系図

後宮 棟貞王の娘
後宮の父 棟貞王桓武天皇の系図
 貞純親王(さだずみ)【?-916】
子の妻 源柄子
子の妻の父 源能有源能有の系図
 源経基(つねもと)【?-961】
 清和源氏の祖。朝廷に平将門らが反乱を企てたと報告した。藤原純友の乱の際には、鎮圧にあたった。

 源経生(つねお)

後宮 藤原諸葛の娘
後宮の父 藤原諸葛藤原有統の系図
 孟子内親王(もうし)【?-901】

後宮 賀茂峯雄の娘
 源長猷(ながかず)【?-918】
 源載子(さいし)

後宮 大野鷹取(たかとり)の娘
 源長淵(ながふち)

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陽成天皇の系図

陽成天皇の系図

第57代 陽成天皇(ようぜい)/貞明親王(さだあきら)【868-949/在位:876-884】
 天皇の乱行により廃位になったとされる。『百人一首』に歌が収められている。

祖父 文徳天皇文徳天皇の系図
 清和天皇清和天皇の系図
祖父 藤原長良藤原長良の系図

後宮 姉子女王(あねこ)
 元長親王(もとなが)【901-976】
 元利親王(もととし)【?-964】
 平子女王(へいし)
 源忠時(ただとき)

 長子内親王(ながこ)【?-922】
 儼子内親王(げんし)

後宮 紀氏
 源清蔭(きよかげ)【884-950】
 大納言。
子の妻 韶子内親王(しょうし)【918-980】
 斎院。
子の妻の父 醍醐天皇醍醐天皇・朱雀天皇の系図

後宮 伴氏
 源清鑑(きよみ)【?-936】

後宮 佐伯氏
 源清遠(きよとお)【912-?】

後宮 藤原遠長の娘
 元良親王(もとよし)【890-943】
 和歌に秀で、『百人一首』に歌が収められたほか、元日奏賀の声に優れていた。
子の妻 誨子内親王(かいし)【?-952】
子の妻の父 宇多天皇宇多天皇の系図
 源佐芸(さげい)

子の妻 修子内親王(のぶこ・しゅうし)【?-933】
子の妻の父 醍醐天皇醍醐天皇・朱雀天皇の系図
 佐頼王(すけより)

子の妻 藤原邦隆の娘
子の妻の父 藤原邦隆藤原山人~佐世・藤生・世嗣の系図
 佐時王(すけとき)

 佐兼王(すけかね)
 源佐平(すけひら)
 源佐親(すけちか)

 元平親王(もとひら)【?-958】
 娘に藤原兼通(→藤原兼通の系図)の妻がいる。

後宮 綏子内親王【?-925】
後宮の父 光孝天皇光孝天皇の系図

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光孝天皇の系図

光孝天皇の系図

第58代 光孝天皇(こうこう)/時康親王(ときやす)【830-887/在位:884-887】
 陽成天皇を廃立した藤原基経により擁立された。『百人一首』に歌が収められている。

祖父 嵯峨天皇嵯峨天皇の系図
 仁明天皇仁明天皇の系図
祖父 藤原総継藤原総継の系図

女御 班子女王(なかこ・はんし)【833-900】
女御の父 仲野親王葛原親王・万多親王・仲野親王の系図
 源元長(もとなが)【?-883】
 是忠親王是忠親王の系図
 式瞻王興我王忠望王式瞻王・興我王・忠望王の系図
 源清平源清平の系図

 是貞親王是貞親王・源旧鑑・是恒・貞恒・是茂・香泉・友貞の系図
 宇多天皇宇多天皇の系図
 醍醐天皇醍醐天皇・朱雀天皇の系図
 斉世親王敦慶親王斉世親王・敦慶親王の系図
 敦実親王敦実親王の系図

 忠子内親王清和天皇の系図
 簡子内親王(かんし)【?-914】
 綏子内親王陽成天皇の系図
 為子内親王醍醐天皇・朱雀天皇の系図

女御 藤原佳美子(かみこ)【?-898】

女御 平等子(ともこ)
女御の父 平好風葛原親王・万多親王・仲野親王の系図

女御 藤原元善(もとよし)
女御の父 藤原山蔭藤原山蔭の系図

後宮 桂心女王
後宮の父 正躬王葛原親王・万多親王・仲野親王の系図
 穆子内親王(ぼくし)【?-903】
 斎院。

更衣 讃岐永直(ながなお)の娘
 源旧鑑是貞親王・源旧鑑・是恒・貞恒・是茂・香泉・友貞の系図

後宮 滋野直子
 繁子内親王(しげこ・はんし)【?-916】
 斎宮。

後宮 布勢氏
 滋水清実(きよみ)
 はじめは源姓を与えられたが、過失のため除籍された。その後、本康親王らのとりなしにより、滋水姓を与えられた。

後宮 藤原門宗の娘
後宮の父 藤原門宗藤原浜雄~輔道の系図

 源兼善(かねよし)【?-879】
 源名実(かたざね)
 源篤行(あつゆき)
 源最善(いろよし)
 源近善 宗海源近善~清敏の系図

 源音恒(おとつね)
 源貞恒是茂 是恒香泉友貞是貞親王・源旧鑑・是恒・貞恒・是茂・香泉・友貞の系図
 源成蔭(なりかげ)
 源国紀 公忠源国紀・公忠の系図
 源緩子(かんし)
 源麗子(れいし)
 源奇子(きし)
 源崇子(たかいこ)
 源連子(れんし)
 源礼子(れいし)
子の夫 藤原連永藤原直道の系図

 源最子(さいし)【?-886】
 源偕子(かいし)
 源黙子(もくし)
 源並子(へいし)
 源謙子(けんし)
 源深子(しんし)
 源周子(しゅうし)
 源密子(みつこ)
 源和子醍醐天皇・朱雀天皇の系図
 常明親王式明親王常明親王・式明親王・兼明親王の系図
 有明親王有明親王・源守清の系図

 源快子(かいし)
 源善子(ぜんし)

是忠親王の系図

是忠親王の系図

  是忠親王(これただ)【857-922】
 はじめは源姓をあたえられ、中納言になった。

祖父 仁明天皇仁明天皇の系図
 光孝天皇光孝天皇の系図
祖父 仲野親王葛原親王・万多親王・仲野親王の系図

 式順王(しきじゅん)
 式瞻王興我王忠望王式瞻王・興我王・忠望王の系図
 英我王(えいが)
曾孫 康尚(こうじょう)/康成
 仏師として藤原道長らに重用された。

 源清平源清平の系図
 源正明(まさあきら)/斉明【893-958】
 参議。
曾孫 為理
為理の子の夫 藤原永業藤原永信・永業の系図
為理の孫 季永藤原季永・清高の系図
為理の孫 仲実藤原仲実の系図

為理の子の夫 藤原範基藤原為雅・中清の系図

曾孫 忠理
忠理の子の夫 藤原親任藤原助信の系図

正明孫 斎院中将(さいいんのちゅうじょう)
 父は源忠理とも。歌人。選子内親王に仕えた。

 源宗于(むねゆき)【?-939】
 三十六歌仙の一人。『百人一首』に歌が収められている。
 是忠親王の娘
 父は元平親王(→陽成天皇の系図)とも。

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宇多天皇の系図

宇多天皇の系図

第59代 宇多天皇(うだ)/定省親王(さだみ)【867-931/在位:887-897】
 当初は臣籍に降り、光孝天皇崩御の際に親王に復した。藤原基経の死後は、寛平の治と称される親政にあたり、菅原道真らを登用した。

祖父 仁明天皇仁明天皇の系図
 光孝天皇光孝天皇の系図
祖父 仲野親王葛原親王・万多親王・仲野親王の系図

女御 藤原温子(よしこ・おんし)【872-907】
 阿衡の紛議の収拾に関係して入内した。
女御の父 藤原基経藤原良房・基経の系図
 均子内親王斉世親王・敦慶親王の系図

女御 藤原胤子(たねこ・いんし)【?-896】
女御の父 藤原高藤藤原高藤の系図
 醍醐天皇 朱雀天皇醍醐天皇・朱雀天皇の系図
 村上天皇村上天皇の系図
 克明親王重明親王克明親王・重明親王の系図
 代明親王代明親王の系図
 常明親王式明親王兼明親王常明親王・式明親王・兼明親王の系図
 有明親王有明親王・源守清の系図
 盛明親王盛明親王~源道成の系図
 源高明源高明の系図

 敦慶親王斉世親王・敦慶親王の系図
 敦固親王(あつかた)【?-926】
 琵琶の演奏を得意とした。
子の妻 慶子内親王(けいし)【903-923】
子の妻の父 醍醐天皇醍醐天皇・朱雀天皇の系図

 源宗成(むねなり)
 寛忠(かんちゅう)【906-977】
 祖父のもとで出家し、東寺長者などを務めた。

 柔子内親王(やすこ・じゅうし)【?-959】
 斎宮。
 敦実親王敦実親王の系図
 源雅信源雅信の系図
 源重信源重信の系図

女御 橘義子(よしこ)
女御の父 橘広相(ひろみ)【837-890】
 参議。陽成天皇から宇多天皇まで侍読を務めた。阿衡の紛議では、責任者として罪に問われそうになった。
 斉中親王(ときなか)【885-891】
 斉世親王斉世親王・敦慶親王の系図

 斉邦親王(ときくに)
 君子内親王(きみこ・くんし)【?-902】
 斎院。

女御 菅原衍子(ひろこ・のぶこ・えんし)
 菅原道真(→菅原古人~道真の系図)の娘。
 源順子藤原忠平の系図
 藤原実頼藤原実頼の系図

女御 橘房子(ふさこ)【?-893】

更衣 源貞子(ていし)
更衣の父 源昇源融~宛の系図
 依子内親王(よりこ・いし)【895-936】

後宮 藤原褒子(よしこ)
後宮の父 藤原時平藤原時平の系図
 雅明親王(まさあきら)
 載明親王(ことあきら)
 行明親王(ゆきあきら)【926-948】
 醍醐天皇の猶子になった。娘に源重光(→源重光の系図)の妻がいる。
子の妻 藤原顕忠の娘
子の妻の父 藤原顕忠→藤原顕忠の系図

後宮 徳姫女王
後宮の父 十世王葛原親王・万多親王・仲野親王の系図
 孚子内親王(さねこ・ふし)【?-958】

後宮 藤原有実の娘
後宮の父 藤原有実藤原良仁の系図
 誨子内親王陽成天皇の系図
 季子内親王(すえこ)

後宮 伊勢(いせ)
 三十六歌仙の一人。藤原温子に出仕した。女流歌人として、『古今和歌集』に多くの歌が収められている。
後宮の父 藤原継蔭藤原浜雄~輔道の系図
 敦慶親王斉世親王・敦慶親王の系図

 行中親王(ゆきなか)【897-909】
 成子内親王(しげこ・せいし)【?-978】
 源臣子(しんし)

斉世親王・敦慶親王の系図

斉世親王・敦慶親王の系図

  斉世親王(ときよ)【886-927】
 昌泰の変を機に出家した。

祖父 光孝天皇光孝天皇の系図
 宇多天皇宇多天皇の系図

 菅原道真の娘
妻の父 菅原道真菅原古人~道真の系図
 源英明(ふさあきら)【?-939】
 『慈覚大師伝』を完成させた。
子の妻 藤原道明の娘
子の妻の父 藤原道明藤原高仁~道明の系図
 清時
孫の妻 藤原成国の娘
孫の妻の父 藤原成国藤原直道の系図

孫の夫 藤原元名藤原清経・元名の系図
曾孫 知章藤原知章の系図

孫の夫 藤原助信藤原助信の系図
曾孫の夫 源時通源雅信の系図

 橘公廉の娘
 源庶明(もろあきら)【903-955】
 中納言。
 計子村上天皇の系図


  敦慶親王(あつよし)【887-930】
 容姿端麗で玉光宮と称された。

祖父 藤原高藤藤原高藤の系図

 均子内親王(ひろこ・きんし)【890-910】
妻の父 宇多天皇宇多天皇の系図

 伊勢宇多天皇の系図
 中務(なかつかさ)
 女流歌人。三十六歌仙の一人。

 源後古(ここ)
 源方古(ほこ)

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