武者小路家(藤原氏北家・公季流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、武者小路家(藤原氏北家・公季流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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武者小路公種~公香の系図

武者小路公種~公香の系図

  武者小路公種(きんたね)【1631-1692】
 武者小路家の祖。

祖父 公国 実条三条西実世~実条の系図


  武者小路実陰(さねかげ)【1661-1738】
 准大臣。実は高松実信(→高松実名~公雄の系図)の子。霊元天皇から古今伝授を受け、中御門天皇・桜町天皇の歌道師範となった。
 高松重季〔養父:高松実信〕→高松実名~公雄の系図


  武者小路公野【1688-1743】
 権中納言。
 坊城俊清の娘
妻の父 坊城俊清坊城俊清~俊親の系図

 公野の息子 公野の娘(『武者小路家譜』による。)


  武者小路実岳(さねおか・さねたけ)【1721-1760】
 従三位。歌人として活躍した。


  武者小路公陰【1747-1771】


  武者小路実純(さねいと)【1766-?】
 実は三条季晴(→三条実顕~実美の系図)の子。
 実純の娘(『武者小路家譜』による。)


  武者小路公隆【1785-1855】
 権大納言。実は三条西実称(→三条西実称~公允の系図)の子。
 公隆の娘(3人)(『武者小路家譜』による。)


  武者小路実建【1810-1863】
 正三位。
 実世【1849-1887】〔養父:武者小路公香〕
 実建の息子 実建の娘(2人)(『武者小路家譜』による。)


  武者小路公香【1828-1876】〔養子:武者小路実世〕
 藤井学子
 藤井行学(→藤井行学の系図)の娘。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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