愛宕家(村上源氏)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、愛宕家(村上源氏)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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愛宕通福~通致の系図

愛宕通福~通致の系図

  愛宕通福【1634-1699】〔養父:中院通純(→中院通勝~通純の系図)〕
 権大納言。愛宕家の祖。

祖父 具尭 有清岩倉具尭~乗具の系図
祖父 花山院定好花山院定煕・定好の系図

 千種有能の娘
妻の父 千種有能千種有能~有敬の系図
 福子霊元天皇の系図


  愛宕通晴/通統【1673-1738】
 権中納言。
 清閑寺煕房の娘
妻の父 清閑寺煕房清閑寺煕房~秀定の系図

 通晴の娘〔養父:愛宕通貫〕
子の夫 伊東祐隆→伊東祐隆の系図


  愛宕通貫【1697-1764】〔養子:愛宕通晴の娘(→伊東祐隆の系図)〕
 権大納言。実は相有の子。
 綾小路有胤の娘
妻の父 綾小路有胤綾小路高有~有胤の系図
 通文【1724-1730】

 勧修寺尹隆の娘
妻の父 勧修寺尹隆勧修寺尹隆・高顕の系図
 通貫の息子 通貫の娘(2人)(『愛宕家譜』による。)

子の夫 倉橋有儀→倉橋有儀の系図


  愛宕通敬/煕孝【1724-1787】
 権中納言。実は清閑寺治房(→清閑寺煕房~秀定の系図)の子。
 紹弁(『愛宕家譜』による。)
子の夫 押小路実富押小路公音~実潔の系図


  愛宕通直【1747-1817】
 権大納言。
 植村家道の娘
妻の父 植村家道→植村家道の系図
 通直の息子 通直の娘(2人)(『愛宕家譜』による。)


  愛宕通典【1775-1839】
 権中納言。
 桜井敦子
 桜井供敦(→桜井供敦~供愛の系図)の娘。
 通典の息子 通典の娘(3人)(『愛宕家譜』による。)
子の夫 桜井供秀(『愛宕家譜』による。)→桜井供敦~供愛の系図
子の夫 梅園実好(『愛宕家譜』による。)→梅園実縄~実静の系図
子の夫 琢清(『愛宕家譜』による。)


  愛宕通祐(みちます)【1799-1875】
 権中納言。実は中院通知(→中院通維~通富の系図)の子。
 未雄通祐の息子 通祐の娘(『愛宕家譜』による。)


  愛宕通致(みちずみ)【1828-1886】
 従三位。実は庭田重基(→庭田重煕~重胤の系図)の子とも。
 庭田重基の娘
妻の父 庭田重基庭田重煕~重胤の系図

 藤波教忠の娘
妻の父 藤波教忠→藤波教忠の系図

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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