板倉氏(清和源氏・義国流)・重昌流の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、板倉氏(清和源氏・義国流)・重昌流の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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板倉氏・重昌流(陸奥国福島藩主)

板倉氏・重昌流の略系図

1 重昌板倉重昌~重種の系図
1-A 重直板倉重直~勝宦の系図

4 重寛板倉重寛~勝行の系図
10 勝矩板倉勝矩~勝達の系図

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板倉重昌~重種の系図

板倉重昌~重種の系図

  板倉重昌(しげまさ)【1588-1638】
 三河国深溝藩主。方広寺鐘銘事件では鐘銘の内容を徳川家康に報告した。島原の乱の鎮圧にあたるが戦死した。

祖父 好重板倉頼重・好重・忠政~勝尹の系図
 勝重板倉勝重の系図

 山口直友の娘
妻の父 山口直友→山口直友の系図

 林吉定の娘
 重直 重行板倉重直~勝宦の系図
子の夫 小笠原政信小笠原信嶺~貞信・信政の系図
子の夫 溝口信勝→溝口信勝の系図

 上冷泉為頼の娘
妻の父 上冷泉為頼上冷泉為満~為清の系図

子の夫 石谷貞清→石谷貞清の系図


  板倉重矩(しげのり)【1617-1673】
 老中・深溝藩主・三河国中島藩主・下野国烏山藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。
 小出吉親の娘
妻の父 小出吉親→小出吉親の系図
 重良(しげよし)【1638-1697】
子の妻 池田恒元の娘
子の妻の父 池田恒元池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図
 重宣曾孫 重高板倉重宣~昌信の系図

子の妻 関氏
 重春【1676-1736】(以下、『華族系譜』による。)
曾孫 勝春【1714-?】
曾孫 勝秋【1718-1768】
曾孫 重春の娘【1705-1709】
曾孫 重春の娘【1710-1757】

 重澄(しげずみ)【1639-1658】(『寛政重修諸家譜』による。)
 辰之助〔養父:加藤直泰(→加藤直泰の系図)〕
子の夫 高木正盛→高木正盛の系図
子の夫 松平近陣松平成重~近陣の系図

 重矩の娘〔養父:板倉重種〕
子の夫 中院通茂中院通茂~通枝の系図
子の夫 織田信昌→織田信昌の系図
子の夫 脇坂安村→脇坂安村の系図
子の夫 相馬貞胤→相馬貞胤の系図
子の夫 戸田光正戸田光正~光陽の系図


  板倉重種(しげたね)/重道(しげみち)【1641-1705】〔養父:板倉重直(→板倉重直~勝宦の系図)〕
 老中・烏山藩主・武蔵国岩槻藩主・信濃国坂木藩主。
 加藤直泰の娘
 実は一柳直次(→一柳直次の系図)の娘。
妻の父 加藤直泰→加藤直泰の系図
 重寛 重泰板倉重寛~勝行の系図
 重種の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。

子の夫 相良頼福相良頼福~福将の系図

板倉重直~勝宦の系図

板倉重直~勝宦の系図

  板倉重直(しげなお)【1617-1684】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)

祖父 勝重板倉勝重の系図
 重昌板倉重昌~重種の系図

 稲垣重綱の娘
妻の父 稲垣重綱→稲垣重綱の系図

 重種板倉重昌~重種の系図
 実は板倉重矩の子。後に本家を継いだ。
 重寛板倉重寛~勝行の系図
 実は板倉重種の子。後に本家を継いだ。


  板倉重行(しげゆき)/正吉(まさよし)【1668-1724】
 実は高木正盛(→高木正盛の系図)の子。
 溝口宣直の娘
妻の父 溝口宣直→溝口宣直の系図

 高木正恒〔養父:高木正陳〕→高木正恒の系図


  板倉勝音(かつおと)/重元(しげもと)/重音(しげおと)/勝友(かつとも)【1692-1747】
 板倉岩
 板倉重冬(→板倉重郷~重治の系図)の娘。

 勝延〔養父:板倉勝香〕


  板倉勝香(かつか)【1726-1758】


  板倉勝延(かつのぶ)【1736-1772】
 実は板倉勝音の子。
 板倉勝里の娘
妻の父 板倉勝里板倉重寛~勝行の系図

 土屋友直の娘
妻の父 土屋友直→土屋友直の系図

子の夫 花房正応→花房正応の系図
子の夫 木下利恭→木下利恭の系図
子の夫 向井政徳→向井政徳の系図
子の夫 本多光寛→本多光寛の系図


  板倉勝宦(かつひろ)/勝喜(かつよし)【1768-?】〔養子:板倉勝昇(→板倉勝政~勝弼の系図)〕
 板倉勝興の娘
妻の父 板倉勝興板倉勝興・勝志の系図

 松平定休の娘
妻の父 松平定休松平定休の系図

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板倉重寛~勝行の系図

板倉重寛~勝行の系図

  板倉重寛(しげひろ)/重長(しげなが)/重知(しげとも)【1669-1721】〔養父:板倉重直(→板倉重直~勝宦の系図)〕
 坂木藩主・陸奥国福島藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。城下町を整備した。

祖父 重矩 重種板倉重昌~重種の系図
祖父 加藤直泰→加藤直泰の系図

 亀井薫【1675-1730】
 亀井茲政(→亀井茲政の系図)の娘。
 重寛の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。


  板倉重泰(しげやす)/重信(しげのぶ)【1691-1718】
 福島藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。
 水野忠直の娘
妻の父 水野忠直水野忠直~忠恒・忠照~忠紹の系図
 美知亀井茲親~茲胤の系図・小出英持の系図
 重泰の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。


  板倉勝里(かつさと)/正幸(まさゆき)/重房(しげふさ)【1706-1743】
 福島藩主。実は高木正陳(→高木正陳の系図)の子。
 相馬昌胤の娘
妻の父 相馬昌胤→相馬昌胤の系図
 勝任〔養父:板倉勝承〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 渡辺寛綱〔養父:渡辺貞綱〕→渡辺宗綱~寛綱・与綱・保綱・章綱~直綱の系図
子の夫 板倉勝延板倉重直~勝宦の系図


  板倉勝承(かつつぐ)【1735-1765】
 福島藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。
 京極鉄子
 京極高矩(→京極高豊~朗徹の系図)の娘。
 勝承の娘〔養父:板倉勝任〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。


  板倉勝任(かつとう)【1736-1766】
 福島藩主。実は板倉勝里の子。
子の夫 一柳末英→一柳末英の系図


  板倉勝行(かつゆき)【1752-1773】
 福島藩主。実は板倉勝澄(→板倉勝澄~勝従の系図)の子。
 勝矩 勝長板倉勝矩~勝達の系図

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板倉勝矩~勝達の系図

板倉勝矩~勝達の系図

  板倉勝矩(かつのり)【1742-1775】
 福島藩主。実は板倉勝清(→板倉重形~勝清の系図)の子。

祖父 勝任 勝行板倉重寛~勝行の系図

 新次郎【1760】
 内藤頼以〔養父:内藤長好〕→内藤清枚~頼直の系図
 松平堅房~直静の系図・加藤泰賢の系図


  板倉勝長(かつなが)【1761-1815】
 福島藩主。
 脇坂八重【1765-1791】
 脇坂安親(→脇坂安親の系図)の娘。青山忠講に嫁ぐ予定であった。
 本多忠薫の娘
妻の父 本多忠薫本多忠薫の系図
 鍖之助
 母は『華族系譜』による。
 勝長の娘(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 米倉昌寿米倉昌晴~昌言の系図

 資深〔養父:福原資敬〕
 鉡次郎伝之丞(『華族系譜』による。)
子の夫 松平近民松平近鎮~近民の系図
子の夫 渡辺輝綱(『華族系譜』による。)

 勝達〔養父:板倉勝巳〕


  板倉勝俊(かつとし)【1788-1841】(以下、『華族系譜』による。)
 福島藩主。
 上杉貞【1792-?】
 上杉治広(→上杉治広の系図)の娘。
 玄三郎【1810-1811】
子の夫 九鬼隆都九鬼隆貞~隆備の系図

 夏目一作の娘
 永井尚服〔養父:永井尚典〕→永井直陳~尚服の系図

 資順〔養父:福原資深〕
 成直〔養父:本多成孚〕
 勝弘〔養父:板倉勝全、花房正道〕→板倉勝喜~勝弘の系図
 勝敬〔養父:板倉勝殷(→板倉勝暁~勝殷の系図)〕


  板倉勝顕(かつてる・かつあき)【1814-1877】
 福島藩主。
 上杉鶴遊【1824-1879】
 上杉斉定(→上杉斉定の系図)の娘。
 〓之助【1838-1840】
 〓は「攸」+「金」。

 酒井忠言~忠経の系図
子の夫 九鬼隆備九鬼隆貞~隆備の系図


  板倉勝尚(かつひさ)/勝巳(かつみ)【1851-1924】
 福島藩主。戊辰戦争で奥羽越列藩同盟に加わった。
 岡部鐮子
 岡部長寛(→岡部長慎~長職の系図)の娘。
 松平乗命松平乗賢~乗命の系図


  板倉勝達(かつみち)【1839-1913】
 福島藩主・三河国重原藩主。実は板倉勝定の子。
 細川稲子
 細川行芬(→細川行芬の系図)の娘。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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