梅渓家(村上源氏)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、梅渓家(村上源氏)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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梅渓家(羽林家)の略系図

梅渓家の略系図

1 季通梅渓季通~通条の系図
4 通仲梅渓通仲~通治の系図

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梅渓季通~通条の系図

梅渓季通~通条の系図

  梅渓季通(すえみち)【1615-1658】
 参議。梅渓家の祖。

祖父 敦通久我晴通~敦通の系図
 通世久我通世~通名の系図

 季通の娘〔養父:久松勝以〕→久松勝以の系図


  梅渓英通【1650-1718】
 権中納言。
 甘露寺嗣長の娘
妻の父 甘露寺嗣長甘露寺経元~尚長の系図
 演春(『梅渓家譜』による。)


  梅渓通条/量通【1672-1740】
 権中納言。
 甘露寺方長の娘
妻の父 甘露寺方長甘露寺経元~尚長の系図
 通仲 通賢梅渓通仲~通治の系図

 千種有補〔養父:千種有敬〕→千種有補~有任の系図
 白川雅富〔養父:千種有敬〕→雅朝王~白川資訓の系図
 尊淳実恕龍億通条の息子(『梅渓家譜』による。)
 お幸の方→徳川家重の系図

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梅渓通仲~通治の系図

梅渓通仲~通治の系図

  梅渓通仲【1698-1737】
 正三位。

祖父 英通 通条梅渓季通~通条の系図
祖父 甘露寺方長甘露寺経元~尚長の系図

 直子(『梅渓家譜』による。)


  梅渓通賢【1735-1765】
 従三位。
 風早実積の娘
妻の父 風早実積風早実種~公紀の系図


  梅渓通同【1761-1787】


  梅渓行通/恭通【1781-1824】
 参議。
 千種有政の娘
妻の父 千種有政千種有補~有任の系図
 行通の娘(『梅渓家譜』による。)

 白川雅寿〔養父:白川資延〕→雅朝王~白川資訓の系図


  梅渓通修/通師【1805-1846】
 通訓【1817-1833】
 通治〔養父:梅渓通善〕


  梅渓通善【1821-1899】
 参議。実は六条有言(→六条有起~有義の系図)の子。
 甘露寺愛長の娘
妻の父 甘露寺愛長甘露寺国長~義長の系図
 通善の息子 通善の娘(『梅渓家譜』による。)
子の夫 鍋島直大(『梅渓家譜』による。)→鍋島直大の系図

 通善の娘(3人)(『梅渓家譜』による。)


  梅渓通治【1831-?】
 実は梅渓通修の子。
 坊城照子
 坊城俊明(→坊城俊明~俊章の系図)の娘。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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