藤原氏北家・道兼流の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、藤原氏北家・道兼流の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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藤原道兼の系図

藤原道兼の系図

  藤原道兼(みちかね)【961-995】
 関白・右大臣。花山天皇をたぶらかし、出家させた。関白就任後間もなく亡くなったため、七日関白と称された。

祖父 師輔藤原師輔の系図
 兼家藤原兼家の系図
祖父 藤原中正藤原中正の系図

 藤原遠量の娘
妻の父 藤原遠量藤原遠量・忠君・遠度・遠基の系図
 兼隆藤原兼隆の系図
 兼房藤原兼房~宗綱の系図

 兼綱【988-1058】
子の妻 藤原能通の娘
子の妻の父 藤原能通藤原能通・実範の系図
 隆綱【?-1047】

子の妻 源国挙の娘
子の妻の父 源国挙源通理・国盛の系図
 祐康【?-1069】

子の妻 藤原広業の娘
子の妻の父 藤原広業藤原広業・家経の系図

子の妻 源道成の娘
子の妻の父 源道成盛明親王~源道成の系図

 兼信/為信

 藤原繁子(はんし)
 藤原師輔(→藤原師輔の系図)の娘。一条天皇の乳母。
 平惟仲平時望・真材の系図
 尊子円融天皇・一条天皇の系図藤原通任~師季の系図

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藤原兼隆の系図

藤原兼隆の系図

  藤原兼隆【985-1053】〔養父:藤原兼家(→藤原兼家の系図)〕
 中納言。

祖父 兼家藤原兼家の系図
 道兼藤原道兼の系図
祖父 藤原遠量藤原遠量・忠君・遠度・遠基の系図

 源扶義の娘
妻の父 源扶義源扶義の系図
 兼房 兼仲藤原兼房~宗綱の系図
 定房【1020-1095】
子の妻 藤原資業の娘
子の妻の父 藤原資業藤原資業の系図
 重房【?-1113】
孫の妻 藤原師経の娘
孫の妻の父 藤原師経藤原朝光・正光の系図
曾孫 兼基/道輔【1064-1116】

孫の妻 藤原朝元の娘
孫の妻の父 藤原朝元藤原朝元の系図
曾孫 重兼
曾孫の妻 高階基実の娘
曾孫の妻の父 高階基実→高階基実の系図

曾孫の夫 源俊房源俊房の系図

重兼孫 資隆/季隆
資隆の妻 藤原説定の娘
資隆の妻の父 藤原説定藤原説定・憲頼の系図

資隆の子の夫 源定宗源雅俊の系図

重兼孫 皇円(こうえん)
 『扶桑略記』を編纂した。
重兼孫 隆寛(りゅうかん)【1148-1227】

 定兼【?-1105】
 父は藤原祐康(→藤原道兼の系図)とも。
孫の妻 藤原惟綱の娘
孫の妻の父 藤原惟綱藤原頼成の系図

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藤原兼房~宗綱の系図

藤原兼房~宗綱の系図

  藤原兼房(かねふさ)【1001-1069】

祖父 道兼藤原道兼の系図
 兼隆藤原兼隆の系図
祖父 源扶義源扶義の系図

 源高雅の娘
妻の父 源高雅源高雅の系図

 藤原惟憲の娘
妻の父 藤原惟憲藤原惟憲の系図

 宇都宮宗円→宇都宮宗円の系図


  藤原兼仲【1037-1085】〔養子:藤原宗房(→藤原宗房~忠光の系図)〕
 藤原経季の娘
妻の父 藤原経季藤原経季の系図

 兼信平貞季の系図
 実は平貞季の子。


  宇都宮宗綱→宇都宮宗綱の系図
 実は宇都宮宗円の子。実父は中原宗家、藤原顕綱(→藤原顕綱の系図)とも。
 宗房 宗隆藤原宗房~忠光の系図

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藤原宗房~忠光の系図

藤原宗房~忠光の系図

  藤原宗房〔養父:藤原兼仲(→藤原兼房~宗綱の系図)〕

祖父 兼仲 宗綱藤原兼房~宗綱の系図

 宗基〔養父:藤原宗隆〕


  藤原宗隆
 友忠の娘
 家仲/宗仲


  藤原宗基
 実は良宗の子。


  藤原忠光
 光家藤原光家の系図

曾孫 光綱〔養子:藤原光盛〕

光経孫 光盛〔養父:藤原光綱〕
光経孫 光兼/光清

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藤原光家の系図

藤原光家の系図

  藤原光家

祖父 基光 忠光藤原宗房~忠光の系図

 光久
子の妻 藤原景俊の娘
子の妻の父 藤原景俊藤原能季の系図
 光遠【1302-1344】
孫の妻 実源の娘
孫の妻の父 実源日野資実の系図
曾孫 光連【1322-1365】
曾孫の夫 洞院実夏洞院実夏~公連の系図
曾孫の夫 藤井嗣兼粟田口基良の系図
曾孫の夫 綾小路敦有綾小路信有~資能の系図

 光子孫の夫 洞院公賢洞院公賢の系図
曾孫 実夏洞院実夏~公連の系図

孫の夫 綾小路有頼綾小路信有~資能の系図

孫の夫 冷泉定親吉田為経の系図
孫の夫 洞院実夏洞院実夏~公連の系図

曾孫 光元/光延

曾孫 光豊【?-1369】
光煕孫 玄有〔養父:平棟有(→平親輔の系図)〕

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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