穂波家(藤原氏北家・高藤流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、穂波家(藤原氏北家・高藤流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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穂波経尚~経度の系図

穂波経尚~経度の系図

  穂波経尚【1646-1706】
 権中納言。穂波家の祖。

祖父 教豊 経広勧修寺光豊~経敬の系図


  穂波晴宣【1697-1768】
 正三位。実は勧修寺尹隆(→勧修寺尹隆・高顕の系図)の子。
 吉田兼敬の娘〔養父:正親町三条公統(→正親町三条実有~実彦の系図)〕
妻の父 吉田兼敬→吉田兼敬の系図
 経古【1733-1741】
 母は『穂波家譜』による。


  穂波尚明/実盈【1729-1776】
 正三位。実は橋本実松(→橋本季村~実文の系図)の子。


  穂波尚孝【1757-1777】
 靍子(『穂波家譜』による。)
子の夫 花園実章花園実教~実延の系図


  穂波経条【1774-1836】
 参議。
 経誠【1797-?】
 母は『穂波家譜』による。
 経訓【1802-1820】
 母は『穂波家譜』による。
 経武【1812-1823】
 母は『穂波家譜』による。


  穂波経治【1824-1842】
 母は『穂波家譜』による。


  穂波経度【1837-1915】
 従三位。実は勧修寺顕彰(→勧修寺良顕~経理の系図)の子。
 今城定章の娘
妻の父 今城定章中山冷泉為親~今城定国の系図

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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