このページでは、堀氏(清和源氏・義国流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
堀氏(越後国村松藩主)の略系図
1 氏種→奥田氏種~直純の系図
6-A1 道利→奥田道利~堀忠重・利常~利和の系図
6-A2 利重→堀利重~利和の系図
7 直政→堀直政の系図
8 直寄→堀直寄~直為・直次・直定の系図
13 直尭→堀直尭・直教の系図
15 直方→堀直方~直弘の系図
奥田氏種~直純の系図
奥田氏種【?-1477】
祖父 満種・父 持種→斯波高経~義郷の系図
奥田氏英/氏春【?-1486】
子 氏長(以下、『華族系譜』による。)
奥田春種【?-1499】(『華族系譜』による。)
『系図纂要』にはみえない。
子 利長(『華族系譜』による。)
奥田直種/利種【?-1519】
奥田秀種/満長/満利【1504/1507-1557】
奥田直純(なおずみ)/利直(としなお)【1524-1571】
妻 堀利房の娘
妻の父 堀利房→堀利房の系図
子 堀直政→堀直政の系図
孫 直寄→堀直寄~直為・直次・直定の系図
孫 直重→堀直重~直佑の系図
孫 直之→堀直之・直景の系図
子 道利・孫 堀利政→奥田道利~堀忠重・利常~利和の系図
奥田道利~堀忠重・利常~利和の系図
奥田道利(みちとし)/利宗(としむね)/通利(みちとし)【1544-1585】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)
祖父 秀種・父 直純→奥田氏種~直純の系図
祖父 堀利房→堀利房の系図
子 長利(ながとし)
16歳で亡くなった。
堀利政(としまさ)/宗明(むねあきら)【1575-1638】
妻 蜂屋定頼の娘
妻の父 蜂屋定頼→蜂屋定頼の系図
子 利重・孫 利邑→堀利重~利和の系図
子の夫 蜂屋定吉→蜂屋定吉の系図
堀忠重(ただしげ)/宗通(むねみち)【?-1664】
妻 安藤正珍の娘
妻の父 安藤正珍→安藤正珍の系図
堀利常(としつね)【1600-1636】
堀利房(としふさ)/利為(としため)【1628-1699】
妻 蜂屋定吉の娘
妻の父 蜂屋定吉→蜂屋定吉の系図
子 利清〔養父:堀重利〕
堀重利(しげとし)【1667-1715】
妻 前田直勝の娘
実は水野金兵衛の娘。
妻の父 前田直勝→前田直勝の系図
子の夫 根岸定行→根岸定行の系図
堀利清(としきよ)【1668-1724】
実は堀利房の子。
妻 石野次広の娘
妻の父 石野次広→石野次広の系図
堀利通(としみち)【1700-1749】
実は神谷久敬(→神谷久敬の系図)の子。
堀利之(としゆき)【1733-?】
妻 土山孝祖の娘
妻の父 土山孝祖→土山孝祖の系図
妻 三木自朗の娘
妻の父 三木自朗→三木自朗の系図
堀利和(としとも)【1767-?】
実は金沢安貞(→金沢安貞の系図)の子。
妻 鈴木義忠の娘
妻の父 鈴木義忠→鈴木義忠の系図
堀利重~利和の系図
堀利重(とししげ)/利英(としふさ)【?-1698】
祖父 道利・父 利政→奥田道利~堀忠重・利常~利和の系図
祖父 蜂屋定頼→蜂屋定頼の系図
妻 布施重直の娘
妻の父 布施重直→布施重直の系図
子の夫 柘植正代→柘植正代の系図
子の夫 小林正信→小林正信の系図
堀利邑(としむら)【1653-1723】
子 岡部正要〔養父:岡部正朋〕→岡部正要の系図
子 戸田忠辰〔養父:戸田清益〕→戸田清勝~忠純の系図
子の夫 小笠原長晃→小笠原信吉~長賢・長章~長摸の系図
堀利照(としてる)【1675-1755】
子 直満(なおみつ)【?-1743】
子の夫 渡辺蕃→渡辺蕃の系図
子の夫 奥田忠祇→奥田忠祇の系図
堀利丈(としたけ)【1732-1776】
実は岡部正要(→岡部正要の系図)の子。
妻 石井政長の娘
妻の父 石井政長→石井政長の系図
堀利和(としかず)【1760-?】
妻 岡部正武の娘
妻の父 岡部正武→岡部正武の系図
堀直政の系図
堀直政(なおまさ)【1547-1608】
織田信長に仕え、堀秀政に属した。軍功により、秀政から堀姓を授けられ、藤原氏利仁流になった。
祖父 秀種・父 直純→奥田氏種~直純の系図
祖父 堀利房→堀利房の系図
妻 宇佐美氏
子 直寄・孫 直時・孫 直次→堀直寄~直為・直次・直定の系図
妻 宮川秀定の娘
子 直之・孫 直景→堀直之・直景の系図
孫 直政→堀直政~直高の系図
孫 直氏→堀直氏~直道の系図
子 直次(なおつぐ)/直清(なおきよ)【1573-?】
越後三条城代。堀直寄と対立し、改易された。
子の妻 堀秀政の娘
子の妻の父 堀秀政→堀秀政の系図
孫 直倫/直浄
孫 直信/直正
孫 直長/直勝
子 直重・孫 直升→堀直重~直佑の系図
孫 直昭→堀直昭~直喬の系図
子 直忠/直尭
子 直倶(以下、『華族系譜』による。)
子の夫 田丸織部(『寛政重修諸家譜』による。)
堀直寄~直為・直次・直定の系図
堀直寄(なおより)【1577-1639】
越後国坂戸藩主・信濃国飯山藩主・越後国長岡藩主・越後国村上藩主。上杉遺民一揆を鎮圧した。
祖父 直純→奥田氏種~直純の系図
父 直政→堀直政の系図
妻 松平近清の娘
妻の父 松平近清→松平近清の系図
子の夫 池田長常→池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図
子の夫 岡部行隆→岡部宣勝・行隆・高成~広高の系図
孫 長泰→岡部長泰・長敬の系図
子の夫 野瀬右近(『華族系譜』による。)
堀直時(なおとき)【1616-1643】
越後国安田藩主。父直寄の遺領のうち、3万石を分与された。
妻 池田長幸の娘
妻の父 池田長幸→池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図
堀直吉(なおよし)【1637-1676】
安田藩主・越後国村松藩主。
妻 堀直次の娘【?-1677】〔養父:土井利隆(→土井利隆の系図)〕
子 斯波直明【1661-1689】
母は『華族系譜』による。
子 主税〔養父:片岡九左衛門〕(『華族系譜』による。)
堀直利(なおとし)【1658-1716】
村松藩主。
妻 戸田逸
戸田光永(→戸田光永~光慈の系図)の娘。
子の夫 成瀬正幸→成瀬正幸の系図
子 直道(なおみち)【1691-1727】
子 直英〔養父:堀直佑〕→堀直英の系図
子 酒井忠刻〔養父:酒井忠丘〕→酒井忠正~忠求の系図
子 直利の娘(3人)(『華族系譜』による。)
子の夫 福原資祀→福原資祀の系図
子の夫 堀直共・堀利政・堀為俊(『華族系譜』による。)
堀直為(なおゆき)/直治(なおはる)/直長(なおたけ)【1698-1743】
村松藩主。
妻 小出英貞の娘
妻の父 小出英貞→小出英貞の系図
子 直尭・孫 直教→堀直尭・直教の系図
堀直次(なおつぐ)【1614-1638】
妻 土井利勝の娘
妻の父 土井利勝→土井利勝の系図
堀直定(なおさだ)【1636-1642】
村上藩主。嗣子がなく、領地を没収された。
堀直尭・直教の系図
堀直尭(なおたか)【1715-1785】
村松藩主。
祖父 直利・父 直為→堀直寄~直為・直次・直定の系図
妻 松平津治姫
松平頼貞(→松平頼元・頼貞の系図)の娘。
子 直泰(なおやす)【1738-1779】
子の妻 板倉秀
板倉勝澄(→板倉勝澄~勝従の系図)の娘。
孫 千賀→井上正長~正巳の系図・松平重良~勘満の系図
子の妻 加藤泰温の娘
子の妻の父 加藤泰温→加藤泰温の系図
子の妻の夫 岩城隆恭→岩城隆恭の系図
孫 直方〔養父:堀直教〕→堀直方~直弘の系図
孫 直泰の娘〔養父:堀直教〕
子 松
母は『華族系譜』による。
妻 山田氏
子 松平信義〔養父:松平昌信〕→松平信義の系図
子 浅野長致〔養父:浅野長寿〕→浅野長恒~長盈の系図
子 直行〔養父:堀直昌〕→堀直好~直雄の系図
子 本多成孝〔養父:本多将成〕→本多重看~成孝の系図
子の夫 堀直堅→堀直英~直郷の系図
堀直教(なおのり)【1761-1812】
村松藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。
妻 松平頼恭の娘
妻の父 松平頼恭→松平頼豊~頼恭の系図
夫 戸沢正産→戸沢正庸~正良の系図
子 直方・孫 直庸→堀直方~直弘の系図
子 教隆〔養父:宮崎大膳〕(『華族系譜』による。)
子 教武〔養父:曽根孫兵衛〕(『華族系譜』による。)
子 教豊〔養父:福原資順〕(『華族系譜』による。)
子 教明(『華族系譜』による。)
子の夫 本多忠居→本多忠可~忠明の系図
子の夫 六郷政芳→六郷政芳の系図
子の夫 田沼意留→田沼意知~意斉の系図
堀直方~直弘の系図
堀直方(なおかた)【1767-1805】
村松藩主。実は堀直泰(→堀直尭・直教の系図)の子。『寛政重修諸家譜』では、戸田忠寛の娘を母とする娘が1人いる。
祖父 直尭・父 直教→堀直尭・直教の系図
妻 戸田忠寛の娘
実は木下俊胤(→木下俊胤の系図)の娘。
妻の父 戸田忠寛→戸田忠寛~忠友・忠舜~忠綱の系図
子 祐太郎
母は『寛政重修諸家譜』による。
子 直央〔養父:堀直庸〕
子の夫 柳生俊豊→柳生俊方~俊郎の系図
堀直庸(なおつね)【1791-1819】(以下、『華族系譜』による。)
村松藩主。藩政改革を行ったが、百姓一揆を招いて失敗した。
妻 稲葉弘通の娘
妻の父 稲葉弘通→稲葉董通~久通の系図
子 籌→織田信貞の系図
子の夫 柳沢里顕→柳沢時睦~徳忠の系図
子の夫 大久保教業(『系図纂要』による。)→大久保教業の系図
子の夫 大関増儀(『系図纂要』による。)→大関増輔~増勤の系図
孫 直賀〔養父:堀直休〕
堀直央(なおひさ)/庸信【1797-1860】
村松藩主。実は堀直方の子。城主格を許されたが、財政が厳しくなり、その再建に努めた。
妻 津軽寧親の娘
妻の父 津軽寧親→津軽信寧~承昭の系図
妻 土屋英直の娘
妻の父 土屋英直→土屋英直~挙直の系図
子 直弘〔養父:堀直賀〕
子 清子(『黒田家譜(上総久留里)』による。)→黒田直方~直養の系図
子の夫 吉田良義→吉田良義の系図
堀直休(なおやす)【1836-1860】
村松藩主。
妻 加藤泰幹の娘
妻の父 加藤泰幹→加藤泰幹の系図
子の夫 柳沢徳忠→柳沢時睦~徳忠の系図
堀直賀(なおよし)【1843-1903】
村松藩主。実は堀庸甫の子。戊辰戦争では奥羽越列藩同盟に加わった。
堀直弘(なおひろ)/央澄【1861-1919】
村松藩主。実は堀直央の子。戊辰戦争では新政府軍に帰順した。後に奥田姓に復した。
系図について
本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。
系図はおおよそ次の方針で作成しています。
- 系図に描画する人物の範囲について
上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。 - 人物の表示の区別について
系図では、次の通り背景色を区別しています。
(オレンジ)……天皇
(緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
(黄)……江戸時代の将軍・藩主
(水色)……その他男性
(ピンク)……その他女性 - 養子・猶子について
両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。 - 正室・側室等について
これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。 - 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。