久我家(村上源氏)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、久我家(村上源氏)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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源雅実・雅定の系図

源雅実・雅定の系図

  源雅実(まさざね)【1059-1127】
 太政大臣。久我家の祖。源氏で初めて太政大臣になった。

祖父 師房源師房の系図
 顕房源顕房の系図
祖父 源隆俊源隆国の系図

 藤原師子
 藤原師仲(→藤原行成の系図)の娘。堀河天皇の乳母。
 顕通(あきみち)【1081-1122】
 権大納言。
子の妻 源能俊の娘
子の妻の父 源能俊源俊明の系図
 雅通源雅通の系図

 明雲(みょううん)【1115-1183】
 天台座主。法住寺合戦の際に流れ矢で亡くなった。
孫の夫 藤原親隆藤原親隆の系図

 藤原経生の娘
妻の父 藤原経生藤原文貞の系図


  源雅定(まささだ)【1094-1162】〔養子:源顕定・定遍(→源雅俊の系図)、源雅綱(→源雅綱の系図)、雅慶(→源国信の系図)〕
 右大臣。母は田上二郎の娘とも。中院入道右府と号した。
 藤原顕季の娘
妻の父 藤原顕季藤原顕季の系図

 雅通源雅通の系図
 通親源通親の系図
 唐橋通資唐橋通資の系図

 定房源定房の系図
 実は源雅兼の子。

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源雅通の系図

源雅通の系図

  源雅通(まさみち)【1118-1175】〔養子:藤原親頼(→藤原顕頼の系図)〕
 内大臣。実は源顕通(→源雅実・雅定の系図)の子。

祖父 雅実 雅定源雅実・雅定の系図

 藤原長信の娘
 美福門院や八条院に仕えた。
妻の父 藤原長信藤原師信の系図
 通親源通親の系図
 堀川通具堀川通具~基具の系図
 久我通光久我通光の系図
 土御門定通土御門定通・顕定の系図
 中院通方中院通方の系図

 唐橋通資唐橋通資の系図
 通望/通定
 雅縁(がえん)【1138-1223】
 源氏の出身ながら興福寺別当を四度務めた。

 藤原家保の娘
妻の父 藤原家保藤原家保の系図
子の夫 藤原実守藤原公衡藤原実守・実印・実快の系図

唐橋通資の系図

唐橋通資の系図

  唐橋通資【?-1205】
 権大納言。

祖父 雅定源雅実・雅定の系図
 雅通源雅通の系図
祖父 藤原長信藤原師信の系図

 藤原長輔の娘
妻の父 藤原長輔藤原長輔の系図
 雅親(まさちか)【1180-1249】
 大納言。
子の妻 坊門信清の娘
子の妻の父 坊門信清坊門信清の系図

 通頼/通嗣
曾孫 能子
 実は藤原宗保の娘。

 静雅
 父は唐橋通時とも。
孫の夫 土御門顕定土御門定通・顕定の系図
曾孫 定実土御門定実の系図

 雅清【1182-1230】
 参議。
 通時
子の妻 北条義時の娘
子の妻の父 北条義時→北条義時の系図
子の妻の夫 藤原実雅一条通重・能保の系図
 通清/雅世/雅視
曾孫 具忠/雅教

孫の夫 久我通忠久我通忠~通雄の系図

 源俊光の娘
 守通〔養父:藤原実守(→藤原実守・実印・実快の系図)〕

 藤原実清の娘
妻の父 藤原実清藤原長輔の系図

子の夫 惟明親王高倉天皇・安徳天皇の系図

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源通親の系図

源通親の系図

  源通親(みちちか)【1149-1202】〔養子:親宝、聖顕、定誉〕
 内大臣。建久七年の政変で九条兼実を失脚させた。曹洞宗の祖道元の父ともされる。

祖父 雅定源雅実・雅定の系図
 雅通源雅通の系図
祖父 藤原長信藤原師信の系図

 花山院忠雅の娘
妻の父 花山院忠雅花山院忠雅・兼雅の系図
 通宗(みちむね)【1168-1198】〔養子:土御門定通(→土御門定通・顕定の系図)〕
 参議。土御門宰相中将と号した。後嵯峨天皇の外祖父となり、左大臣正一位を贈られた。
子の妻 水無瀬親信の娘
子の妻の父 水無瀬親信水無瀬親信の系図

 顕任/師信
曾孫 仁誉〔養父:堀川通具(→堀川通具~基具の系図)〕

 親宝〔養父:源通親〕
曾孫 聖顕〔養父:源通親〕
曾孫 円顕〔養父:土御門定通(→土御門定通・顕定の系図)〕

 通子土御門天皇の系図
曾孫 後嵯峨天皇後嵯峨天皇の系図

 平教盛の娘
妻の父 平教盛→平教盛の系図
 堀川通具 具実堀川通具~基具の系図

 藤原範子能円の系図
 藤原範兼(→藤原範兼の系図)の娘。
 久我通光久我通光の系図
 通忠久我通忠~通雄の系図
 六条通有六条通有~有定の系図

 土御門定通 顕定土御門定通・顕定の系図
 中院通方中院通方の系図
 通成中院通成~通冬の系図

 在子後鳥羽天皇の系図
 土御門天皇土御門天皇の系図

 通行/通継【1202-1270】
 権大納言。
子の妻 源師季の娘
子の妻の父 源師季源定忠・師季の系図
 通持【1232-1276】
 参議。
曾孫 通尚/時通【1263-?】
 参議。小坪三位と号した。
曾孫 通宣久我通忠~通雄の系図
 父は久我通基とも。

子の妻 良性の娘
子の妻の父 良性粟田口忠良の系図

 証空(しょうくう)【1177-1247】
 父は源親顕、源親季とも。通親は養父とも。法然の弟子。浄土宗西山派の祖。
 親子(ちかこ・しんし)
 後嵯峨天皇の乳母。

 定誉〔養父:源通親〕
 父は雅縁(→源雅通の系図)とも。

堀川通具~基具の系図

堀川通具~基具の系図

  堀川通具(みちとも)【1171-1227】〔養子:仁誉(→源通親の系図)、源雅具(→源兼忠の系図)〕
 大納言。『新古今和歌集』の撰者となった。

祖父 雅通源雅通の系図
 通親源通親の系図
祖父 平教盛→平教盛の系図

 藤原俊成の娘
 実は藤原盛頼(→藤原家成の系図)の子。歌人。
妻の父 藤原俊成藤原俊成の系図
 具定【1200-1236】
 正三位。
 俊定
孫の妻 藤原為綱の娘
孫の妻の父 藤原為綱藤原隆範の系図

曾孫 基定〔養父:堀川基具〕

 藤原信子
 能円(→能円の系図)の娘。
 一条能保一条通重・能保の系図

孫の夫 宗尊親王後嵯峨天皇の系図


  堀川具実(ともざね)【1203-1277】〔養子:隆承(→澄憲の系図)、堀川基子(→後宇多天皇の系図)〕
 内大臣。
 阿野公佐の娘
妻の父 阿野公佐阿野公佐~公廉の系図

 道源
 父は堀川基具とも。


  堀川基具(もととも)【1232-1297】〔養子:顕昭(→藤原範朝の系図)、源基定〕
 太政大臣。
 平惟忠の娘
妻の父 平惟忠平惟忠・平有親の系図
 具守堀川具守の系図

 亀谷基俊【1261-1319】
 権大納言。
 基明【?-1319】
 正三位。
曾孫 基雅
 父は亀谷基俊とも。
基明孫 具顕久我通忠~通雄の系図
 実は愛宕長具の子。

孫の夫 洞院公賢→洞院公賢の系図

 道源
 父は堀川具実とも。

堀川具守の系図

堀川具守の系図

  堀川具守(とももり)【1249-1316】〔養子:覚守(→澄憲の系図)、堀川具親〕
 内大臣。

祖父 具実 基具堀川通具~基具の系図
祖父 平惟忠平惟忠・平有親の系図

 坊城経俊の娘
妻の父 坊城経俊坊城経俊・俊定の系図

 平親継の娘
妻の父 平親継平惟忠・平有親の系図
 基子後宇多天皇の系図
 後二条天皇後二条天皇の系図

 具俊【1273-1303】
 権中納言。
子の妻 御子左為雄の娘
子の妻の父 御子左為雄御子左為氏の系図
 具親【1294-?】〔養父:堀川具守〕
 内大臣。
曾孫 具雅【1320-?】
 参議。
曾孫 具孝/具貫【1327-?】
 権中納言。
曾孫 具信【1332-1356】
 参議。
具信孫 具言〔養父:堀川具親〕

曾孫 具言【?-1418】
 権大納言。
具言孫 具雅/具世
 参議。
具言孫 具茂
 参議。

子の妻 源雅相の娘
子の妻の父 源雅相久我通光の系図
曾孫の夫 後醍醐天皇後醍醐天皇の系図

子の妻 一条能基の娘
子の妻の父 一条能基一条高能の系図
 顕基【1292-?】
 従三位。

 信助
 父は堀川基具(→堀川通具~基具の系図)とも。
子の夫 今出河公顕西園寺実兼の系図

土御門定通・顕定の系図

土御門定通・顕定の系図

  土御門定通【1188-1247】〔養父:源通宗(→源通親の系図)、養子:円顕(→源通親の系図)、源顕方(→中院通方の系図)〕
 内大臣。後土御門内大臣と号した。

祖父 雅通源雅通の系図
 通親源通親の系図
祖父 藤原範兼藤原範兼の系図

 源成実の娘
妻の父 源成実源朝実の系図

 北条義時の娘
妻の父 北条義時→北条義時の系図
 大江親広→大江親広の系図
 顕親【1220-?】
 権中納言。
 顕俊中院通方の系図
 実は源雅方の子。

 顕良
 権大納言。
子の妻 藤原忠子
 藤原忠兼(→楊梅重季~経季の系図)の娘。

 藤原光親の娘
妻の父 藤原光親藤原光親の系図
 定済(じょうさい)【1220-1282】
 東寺長者や醍醐寺座主を務めた。

 源清実の娘
妻の父 源清実源朝実の系図


  土御門顕定(あきさだ)【1215-1283】
 権大納言。母は源清実(→源清実の系図)の娘とも。高野山に入って出家し、高野入道と呼ばれた。
 唐橋雅親の娘
妻の父 唐橋雅親唐橋通資の系図
 定実土御門定実の系図

土御門定実の系図

土御門定実の系図

  土御門定実(さだざね)【1241-1306】
 太政大臣。

祖父 定通 顕定土御門定通・顕定の系図
祖父 唐橋雅親唐橋通資の系図

 平政平の娘
妻の父 平政平→平政平の系図
 雅房【1263-1302】
 大納言。
 雅長【1287-1316】
 権大納言。
曾孫 顕実【1301-1329】
 権大納言。
雅房孫 通房【1318-1345】
 参議。
通房の妻 柳原資明の娘
通房の妻の父 柳原資明→柳原資明の系図

雅房孫 定具【1340-1398】
 権大納言。
雅房孫 定長【1410-?】
 参議。
雅房孫 顕親/有通

曾孫 雅海/性海(『系図纂要』による。)

 平時継の娘
妻の父 平時継平惟忠・平有親の系図
 親定【1267-1315】
 権大納言。
 親賢【1297-1350】
 権中納言。
孫の妻 万里小路宣房の娘
孫の妻の父 万里小路宣房万里小路資通~冬房の系図

 葉室定嗣の娘
妻の父 葉室定嗣藤原光親の系図
 葉室頼親葉室季頼~頼藤の系図

 定空【?-1344】

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久我通光の系図

久我通光の系図

  久我通光(みちみつ)【1187-1248】
 太政大臣。琵琶の名手。

祖父 雅通源雅通の系図
 通親源通親の系図
祖父 藤原範兼藤原範兼の系図

 葉室宗頼の娘
妻の父 葉室宗頼藤原光頼~葉室資頼の系図
 通平【1203-1226】
 正三位。
子の妻 藤原光親の娘
子の妻の父 藤原光親藤原光親の系図

 藤原範光の娘
妻の父 藤原範光藤原範光の系図
 通忠 通基久我通忠~通雄の系図
 六条通有 有房六条通有~有定の系図
 雅忠【1228-1272】
 大納言。『とはずがたり』の作者である後深草院二条の父とも。
子の妻 源輔通の娘
子の妻の父 源輔通源師光の系図

 雅顕〔養父:源顕方(→中院通方の系図)〕
 父は源通持(→源通親の系図)とも。

 水無瀬親兼の娘
妻の父 水無瀬親兼水無瀬親兼~具隆の系図
 大友親秀→大友親秀の系図

 雅光【1226-1267】
 権中納言。
 雅相
 従三位。
曾孫の夫 堀川具俊堀川具守の系図

 式乾門院御匣(しきけんもんいんのみくしげ)
 歌人。安嘉門院にも仕えた。

 雅世〔養父:久我通忠(→久我通忠~通雄の系図)〕
 権大納言局亀山天皇の系図

孫の夫 中院通重→中院通重の系図
孫の夫 近衛基平近衛基平の系図

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久我通忠~通雄の系図

久我通忠~通雄の系図

  久我通忠(みちただ)【1216-1250】〔養子:源雅世(→久我通光の系図)〕
 大納言。

祖父 通親源通親の系図
 通光久我通光の系図
祖父 藤原範光藤原範光の系図

 唐橋通時の娘
妻の父 唐橋通時唐橋通資の系図

 平光盛の娘
妻の父 平光盛→平光盛の系図

 愛宕具房(ともふさ)/雅良/雅緒【1238-1289】
 権大納言。
 俊通【1256-1304】
 正三位。
曾孫 具宣〔養父:愛宕俊通〕
 実は愛宕俊長の子。
具房孫 長具【?-1373】
 従三位。父は愛宕長房とも。
長具の妻 寂性の娘
長具の妻の父 寂性藤原信実の系図

具房孫 具顕〔養父:亀谷基雅(→堀川通具~基具の系図)〕
具房孫 忠具
 従三位。

 親玄(しんげん)【?-1322】
 醍醐寺座主。鎌倉に何度か下向した。日記は『親玄僧正日記』。


  久我通基(みちもと)【1240-1308】
 内大臣。後久我内大臣と号した。
 姉小路顕朝の娘
妻の父 姉小路顕朝藤原宗隆の系図
 通村/通材【?-1313】
 従三位。
 通博
 父は久我通嗣とも。

 藤原長兼の娘
妻の父 藤原長兼藤原長方の系図

 通嗣【1278-1353】
 権中納言。
子の妻 大炊御門光氏の娘
子の妻の父 大炊御門光氏大炊御門光能の系図
子の妻の夫 松殿忠冬松殿忠房の系図

 通宣【1296-1352】
 参議。父は源通持(→源通親の系図)とも。


  久我通雄(みちお)【1257-1329】
 太政大臣。中院相国と号した。
 春日仲基の娘
妻の父 春日仲基春日仲基の系図
 長通→久我長通の系図

 通定【1311-?】
 権中納言。
子の夫 大宮季衡→大宮季衡の系図

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