紀伊徳川家(清和源氏・義国流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、紀伊徳川家(清和源氏・義国流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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紀伊徳川家(紀伊国和歌山藩主)の略系図

紀伊徳川家の略系図

1 頼宣徳川頼宣~頼職の系図
5 吉宗徳川吉宗の系図
6 宗直徳川宗直の系図
7 宗将徳川宗将の系図
8 重倫徳川重倫~茂承の系図

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徳川頼宣~頼職の系図

徳川頼宣~頼職の系図

  徳川頼宣(よりのぶ)/頼将/頼信【1602-1671】(以下、『紀州様系譜』による。)
 常陸国水戸藩主・駿河国府中藩主・紀伊国和歌山藩主。紀伊徳川家の祖。

祖父 広忠松平清康・広忠の系図
 家康徳川家康の系図
祖父 蔭山氏広→蔭山氏広の系図

 水野勝成の娘
 実は加藤清正(→加藤清正の系図)の娘。
妻の父 水野勝成→水野勝成の系図

 中川重高の娘
 因幡姫池田忠継~光仲の系図
 池田綱清池田綱清~重寛の系図
 池田仲澄池田仲澄~延俊の系図

 山田氏
 松子松平信平~信清の系図

 武藤氏
 修理【1633-1636】

 越智氏
 松平頼純松平頼純の系図
 頼致徳川宗直の系図


  徳川光貞(みつさだ)【1626-1705】
 和歌山藩主。
 照子女王(てるこ)【1625-1707】
 貞清親王(→貞清親王の系図)の皇女。
 園村氏
 通子一条教輔~道香の系図

 宮崎氏
 頼職〔養父:徳川綱教〕

 巨勢紋子【1655-1726】
 吉宗〔養父:徳川家継、徳川頼職〕→徳川吉宗の系図

 次郎吉【1667-1679】
 英子→上杉綱憲の系図
 幾子→佐竹義苗の系図


  徳川綱教(つなのり)【1665-1705】
 和歌山藩主。
 徳川鶴姫(つるひめ)【1677-1704】
 徳川綱吉(→徳川綱吉~家継の系図)の娘。


  徳川頼職(よりもと)【1680-1705】
 越前国高森藩主・和歌山藩主。実は徳川光貞の子。
 吉宗徳川吉宗の系図
 宗直徳川宗直の系図

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徳川吉宗の系図

  徳川吉宗徳川吉宗の系図
 和歌山藩主。後に将軍家を継いだ。

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徳川宗直の系図

徳川宗直の系図

  徳川宗直(むねなお)/頼致(よりよし)【1682-1757】
 伊予国西条藩主・和歌山藩主。実は松平頼純(→松平頼純の系図)の子。

祖父 頼職徳川頼宣~頼職の系図
 吉宗徳川吉宗の系図

 下条氏
 朝姫【1716-1722】

 斎藤氏
 綱子→伊達宗村の系図
 友姫→細川宗孝の系図

 服部氏
 宗将徳川宗将の系図
 重倫徳川重倫~茂承の系図

 山本氏
 久姫池田綱清~重寛の系図

 外山氏
 治貞〔養父:徳川重倫〕→徳川重倫~茂承の系図
 富千代【1733-1734】
 賢姫松平頼永~頼策の系図

 神谷氏
 頼央【1729-1757】
子の妻 松平嘉代姫
 松平頼渡(→松平頼渡~頼淳の系図)の娘。

 入江氏
 松平信有〔養父:松平信友〕→松平信友~信謹の系図

 森山氏
 圭姫【1738-1740】

 久能氏
 達姫→丹羽高庸の系図
 薫姫松平頼真~頼儀の系図

 落合氏
 寿子→公仁親王の系図

 村井氏
 内藤貞幹〔養父:内藤政業〕→内藤貞幹の系図

 松平頼渡松平頼渡~頼淳の系図

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徳川宗将の系図

徳川宗将の系図

  徳川宗将(むねのぶ)【1720-1765】
 和歌山藩主。

祖父 吉宗徳川吉宗の系図
 宗直徳川宗直の系図

 徳子女王/憲子【1727-1757】
 実は今出川公詮(→今出川伊季~誠季の系図)の娘。
妻の父 貞建親王→貞建親王の系図
 直松【1743-1747】
 門之進【1748-1750】
 頼興【1752-1825】
 阿部正篤〔養父:阿部正権〕→阿部正篤の系図
 保姫松平頼謙~頼英の系図

 松平忠功〔養父:松平忠啓〕→松平忠功の系図
 千間姫→前田重教の系図
 琴姫【1746-1758】
 池田重寛に嫁ぐ予定であった。
 逸姫【1754-1757】

 一条重子
 一条兼香(→一条教輔~道香の系図)の娘。

 吉田氏
 重倫 治貞徳川重倫~茂承の系図
 内藤学文〔養父:内藤政苗〕→内藤学文の系図
 致姫松平宗昌~茂昭の系図

 前田氏
 松平頼謙〔養父:松平頼淳〕→松平頼謙~頼英の系図

 村上氏
 三浦為脩〔養父:三浦為恭〕→三浦為脩の系図
 安藤道紀〔養父:安藤次猷〕→安藤道紀の系図
 阿部正由〔養父:阿部正識〕→阿部正由の系図
 従姫松平義敏~義和の系図

 植田氏
 松平忠和〔養父:松平忠功〕→松平忠和の系図

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徳川重倫~茂承の系図

徳川重倫~茂承の系図

  徳川重倫(しげのり)【1746-1829】
 和歌山藩主。

祖父 宗直徳川宗直の系図
 宗将徳川宗将の系図

 伊藤氏
 弥之助【1771】
 雅之助【1772-1774】
 福子一条輝良の系図
 〓姫【1770-1771】
 〓は「金」+「敝」。
 方姫徳川治紀・斉脩の系図
 備姫【1775-1796】
 前田斉敬に嫁ぐ予定であった。

 寒川氏
 錯姫【1767-1771】
 丞姫池田治道~慶徳の系図
 鋒姫【1771-1772】

 佐々木氏
 治宝〔養父:徳川治貞〕

 保姫松平頼謙~頼英の系図
 乙之助丁之助 重倫の娘(『徳川家譜(紀伊和歌山)』による。)


  徳川治貞(はるさだ)/頼淳(よりあつ)【1728-1789】〔養父:松平頼邑(→松平頼渡~頼淳の系図)〕
 西条藩主・和歌山藩主。実は徳川宗直(→徳川宗直の系図)の子。藩政改革を行った。
 今出川定子
 今出川誠季(→今出川伊季~誠季の系図)の娘。

 松平頼謙→松平頼謙の系図
 方姫徳川治紀・斉脩の系図


  徳川治宝(はるとみ)【1771-1852】
 和歌山藩主。実は徳川重倫の子。藩学を振興した。隠居後も実権を持ち続けた。

 徳川種姫
 実は田安宗武(→田安宗武の系図)の娘。
妻の父 徳川家治徳川家重・家治の系図

 虎千代【1806-1810】
 実は徳川家斉(→徳川家斉の系図)の子。
 鍇姫→伊達斉宗の系図


  徳川斉順(なりゆき)【1801-1846】〔養父:清水敦之助(→清水重好~篤守の系図)、養子:徳川利姫(→浅野斉賢~長勲の系図)〕
 清水家当主・和歌山藩主。実は徳川家斉(→徳川家斉の系図)の子。
 徳川豊姫【1800-1845】
 松平みさ【1821-1904】
 慶福〔養父:徳川家定、徳川斉彊〕→徳川家慶~慶喜の系図

 清水斉明 斉彊清水重好~篤守の系図
 斉順の娘(『徳川家譜(紀伊和歌山)』による。)


  徳川斉彊(なりかつ)【1820-1849】〔養父:清水斉明(→清水重好~篤守の系図)〕
 清水家当主・和歌山藩主。実は徳川家斉(→徳川家斉の系図)の子。
 近衛充子
 近衛忠煕(→近衛経煕~忠房の系図)の娘。

 清水昭武 篤守清水重好~篤守の系図
 利姫浅野斉賢~長勲の系図


  徳川慶福/家茂→徳川家慶~慶喜の系図
 和歌山藩主。後に将軍家を継いだ。


  徳川茂承(もちつぐ)/頼久【1844-1906】
 和歌山藩主。実は松平頼学(→松平頼謙~頼英の系図)の子。
 則子女王(のりこ)【1850-1874】
 邦家親王(→邦家親王の系図)の皇女。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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