青木氏(清和源氏・義光流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、青木氏(清和源氏・義光流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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青木氏の略系図

青木氏の略系図

1 時光青木時光~信立・柳沢信興~信兼の系図
8-A1 信明山寺信明~信義の系図
8-A2 光忠山寺光忠~信寿の系図

10 信時青木信時~信幸・信生~信並の系図
14 信峯青木信峯~信孝の系図

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青木時光~信立・柳沢信興~信兼の系図

青木時光~信立・柳沢信興~信兼の系図

  青木時光(ときみつ)【?-1332】
 甲斐国巨摩郡武川筋青木村に住んだ。

祖父 信経 時信一条信長の系図

 義連(『寛政重修諸家譜』による。)
 折井時次→折井時次の系図


  青木経光(つねみつ)/常光
 景治義景信衡盛義 経光の娘(『寛政重修諸家譜』による。)


  青木信連(のぶつら)(以下、『系図纂要』による。)
 是義(『寛政重修諸家譜』による。)


  青木貞義(さだよし)
 義宗(『寛政重修諸家譜』による。)


  青木義遠(よしとお)


  青木安遠(やすとお)


  青木義虎(よしとら)【1459-1511】


  青木信定(のぶさだ)/信種(のぶたね)【1481-1541】
 山寺信明 信昌山寺信明~信義の系図


  青木信立(のぶたつ)/信親(のぶちか)【1518-1590】
 信時 信安信生青木信時~信幸・信生~信並の系図
 信国(のぶくに)【?-1570】
 柳沢信俊柳沢信俊の系図
 安吉柳沢安吉~政位・吉次の系図
 安忠柳沢安忠の系図

 曲淵信次〔養父:曲淵吉景〕→曲淵信次の系図
子の夫 山高信親→山高信親の系図
子の夫 曲淵吉重→曲淵吉重の系図


  柳沢信興(のぶおき)
 甲斐国巨摩郡柳沢村に住んだ。


  柳沢貞興(さだおき)
 元政【1536-1613】
曾孫 景祐【?-1632】
曾孫 元吉【?-1646】


  柳沢信房(のぶふさ)


  柳沢信兼(のぶかね)
 信久(のぶひさ)【?-1582】
 信俊→柳沢信俊の系図
 実は青木信立の子。

山寺信明~信義の系図

山寺信明~信義の系図

  山寺信明(のぶあきら)【?-1561】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)
 甲斐国巨摩郡山寺郷を領した。

祖父 義虎 信定青木時光~信立・柳沢信興~信兼の系図


  山寺信昌(のぶまさ)【?-1591】
 青木信就〔養父:青木信安〕→青木信時~信幸・信生~信並の系図
子の夫 西山昌勝→西山昌勝の系図


  山寺信光(のぶみつ)【1576-1650】
 光忠 信忠山寺光忠~信寿の系図


  山寺信政(のぶまさ)【1597-1661】
子の夫 内藤正興→内藤正興の系図


  山寺信久(のぶひさ)【?-1678】
 南条隆次の娘
妻の父 南条隆次→南条隆次の系図

子の夫 川井久豊→川井久豊の系図


  山寺信益(のぶます)【?-1693】
 西山昌春の娘
妻の父 西山昌春→西山昌春の系図


  山寺信門(のぶかど)【1683-1740】


  山寺信親(のぶちか)【1716-1772】
 実は山寺信映(→山寺光忠~信寿の系図)の子。
 松平正厚の娘
妻の父 松平正厚松平正吉・正生~正愛の系図
 丸毛政恭→丸毛政恭の系図


  山寺信成(のぶなり)【1743-?】
 有賀種房の娘
妻の父 有賀種房→有賀種房の系図


  山寺信義(のぶのり)【1768-?】
 実は逸見義知(→逸見義知の系図)の子。
 山寺信成の娘
 実は大久保利見の娘。

山寺光忠~信寿の系図

山寺光忠~信寿の系図

  山寺光忠(みつただ)【1614-1694】

祖父 信昌 信光山寺信明~信義の系図

 杉原忠明の娘
妻の父 杉原忠明→杉原忠明の系図


  山寺信忠(のぶただ)【1647-1700】
 実は伊奈忠久の子。
子の夫 富田頼久→富田頼久の系図
子の夫 丹羽栄相→丹羽栄相の系図


  山寺信映(のぶてる)【1679-1755】
 信親〔養父:山寺信門〕→山寺信明~信義の系図
子の夫 吉田正次→吉田正次の系図
子の夫 河島高道→河島高道の系図
子の夫 牛奥昌連→牛奥昌連の系図


  山寺信興(のぶおき)【1717-1779】
 遠山景長の娘
妻の父 遠山景長→遠山景長の系図

 昌長(まさなが)
 実は乙竹国伴の子。


  山寺信峯(のぶみね)【1749-1793】
 実は青山宣長(→青山宣長の系図)の子。
 山寺信興の娘
 実は神保定興(→神保定興の系図)の娘。

 三宅政甫の娘
 実は浅井長年(→浅井長年の系図)の娘。
妻の父 三宅政甫→三宅政甫の系図

 石丸有証の娘
妻の父 石丸有証→石丸有証の系図
 美濃部茂孫→美濃部茂孫の系図
 神沼美英→神沼美英の系図

 信峯の娘
 実は安藤定賢(→安藤定賢の系図)の娘。
 信峯の娘
 実は柴田忠盈(→柴田忠盈の系図)の娘。


  山寺信寿(のぶとし)【1772-?】
 実は柴田忠盈(→柴田忠盈の系図)の子。

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青木信時~信幸・信生~信並の系図

青木信時~信幸・信生~信並の系図

  青木信時(のぶとき)【?-1600】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)

祖父 信定 信立青木時光~信立・柳沢信興~信兼の系図


  青木信安(のぶやす)【1561/64-1623】


  青木信就(のぶなり)【1590-1657】
 実は山寺信昌(→山寺信明~信義の系図)の子。
 信峯〔養父:青木信幸〕→青木信峯の系図


  青木信幸(のぶゆき)【1617-1681】
 跡部重員の娘
妻の父 跡部重員→跡部重員の系図

 信峯 信祐青木信峯~信孝の系図
 信久(のぶひさ)【1653-1675】
子の夫 浅井忠親→浅井忠親の系図
子の夫 曲淵軌隆→曲淵軌隆の系図


  青木信生(のぶなり)/信政(のぶまさ)【?-1647】
 実は落合信資の子。
子の夫 柳沢安忠柳沢安忠の系図


  青木信定(のぶさだ)


  青木信之(のぶゆき)【?-1699】
 実は高屋久治(→高屋久治の系図)の子。


  青木信茂(のぶしげ)【1688-1716】
 実は多田昌興(→多田昌興の系図)の子。
 菅沼重秀の娘
妻の父 菅沼重秀→菅沼重秀の系図


  青木信也(のぶなり)【1711-1737】


  青木信孝(のぶたか)【1729-?】
 実は小野高儔(→小野高儔の系図)の子。
 小野高達〔養父:小野高品〕→小野高達の系図


  青木信並(のぶあう)

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青木信峯~信孝の系図

青木信峯~信孝の系図

  青木信峯(のぶみね)【1652-1727】

祖父 信就 信幸青木信時~信幸・信生~信並の系図

 高木定清の娘
妻の父 高木定清→高木定清の系図
 本多成恭〔養父:本多成直〕→本多成於~成盛の系図

子の夫 安部信政→安部信政の系図


  青木信祐(のぶすけ)【1693-1749】
 信祐の娘〔養父:青木信任〕
子の夫 松平忠存→松平忠存の系図
子の夫 高木宏次→高木宏次の系図
子の夫 伊東祐好伊東祐〓~祐之・祐忠~祐房の系図
子の夫 間宮信命→間宮信命の系図
子の夫 堀直正→堀直正の系図


  青木信任(のぶとう)【1729-1751】


  青木信賁(のぶてる)【1735-1789】
 実は本多成恭(→本多成於~成盛の系図)の子。
 青木信任の娘
 実は青木信祐の娘。

子の夫 松平近礼松平近苗~近礼の系図


  青木信孝(のぶたか)【1770-?】
 実は本多安秀(→本多安秀の系図)の子。
 三木自香の娘
妻の父 三木自香→三木自香の系図

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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