このページでは、河鰭家(藤原氏北家・公季流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
河鰭家(羽林家)の略系図
1 公清→八条公清~一条公邦の系図
8 実村→一条実村~河鰭基秀の系図
14 実陳→河鰭実陳~公述の系図
八条公清~一条公邦の系図
八条公清【1166-1228】
参議。河鰭家の祖。
祖父 公教→三条公教の系図
父 実国→滋野井実国~実宣の系図
祖父 源雅綱→源雅綱の系図
妻 源資賢の娘
妻の父 源資賢→源資賢の系図
子 実俊【?-1237】
従三位。
子の妻 佐々木定綱の娘
子の妻の父 佐々木定綱→佐々木定綱の系図
孫 公有〔養父:姉小路公宣(→姉小路公宣~実広の系図)〕
孫 公世【?-1301】〔養父:洞院実雄(→洞院実雄の系図)〕
従二位。
子の妻 藤原親能の娘
子の妻の父 藤原親能→藤原親能・定季の系図
孫 実清【1207-1292】〔養父:西園寺公経(→西園寺公経の系図)〕
正二位。父は八条公清とも。
孫の妻 持明院基家の娘
孫の妻の父 持明院基家→持明院基家の系図
曾孫 公益〔養子:実尊・公順(→実尊・公順の系図)〕
正三位。
公益孫 実英
従三位。
公益孫 清季【1295-1349】
正三位。
公益孫 実興【?-1366】
正三位。
公益孫 季興
従三位。
公益孫 実種【?-1418】
正三位。
公益孫 実廉【1367-?】
従三位。
公益孫 実世
従三位。
孫 良覚(りょうかく)
『徒然草』に「榎木の僧正」「きりくいの僧正」「堀池の僧正」と呼ばれた説話が載せられている。
孫の夫 中山忠定→中山忠定~親通の系図
子 実嗣/実広
一条実隆(さねたか)【1203-1270】
従二位。
子 公什
父は藤原公有とも。
一条公頼/公盛【1247-?】
従二位。
子 実豊【1276-1348】
参議。
子の夫 近衛経平→近衛家基~道嗣の系図
一条実益【1284-1355】
参議。
一条季村【?-1390】
正三位。
一条公邦
子 実村・孫 公益→一条実村~河鰭基秀の系図
一条実村~河鰭基秀の系図
一条実村
祖父 季村・父 公邦→八条公清~一条公邦の系図
一条公益【1435-?】
参議。
一条実治【1466-?】
権中納言。
子 光祐〔養父:広橋守光〕→広橋兼郷~守光の系図
一条季富【1502-1536】
河鰭公虎/公緒/西洞院時慶(以下、『系図纂要』による。)→西洞院行時~時慶の系図
河鰭家を再興したが、西洞院家を継ぐことになり、河鰭家は再び中絶した。
河鰭基秀【1606-1664】
従三位。実は持明院基久(→持明院基春~基征の系図)の子。河鰭家を再興した。
妻 土御門泰重の娘
妻の父 土御門泰重→土御門泰重の系図
子 実陳・孫 季縁→河鰭実陳~公述の系図
子 秀子→松木宗満~宗条の系図
孫 松木宗顕→松木宗顕~宗有の系図
子の夫 野宮定逸→野宮定逸~定之の系図
河鰭実陳~公述の系図
河鰭実陳/基共【1635-1706】
権大納言。
祖父 公虎・父 基秀→一条実村~河鰭基秀の系図
子 実詮〔養父:河鰭季縁〕
子 長谷範昌〔養父:長谷範量〕→長谷忠康~信成の系図
子の夫 押小路公音→押小路公音~実潔の系図
河鰭季縁【1669-1688】
妻 浅野長治の娘
妻の父 浅野長治→浅野長晟~綱晟・長治~長寔の系図
河鰭実詮/意陳/元縁/元詮【1688-1711】
実は河鰭実陳の子。
妻 分部信政の娘
妻の父 分部信政→分部信政の系図
河鰭輝季【1704-1755】
権大納言。実は三条公兼(→三条実秀~公充の系図)の子。
妻 浅野綱長の娘
妻の父 浅野綱長→浅野綱長・吉長の系図
夫 水野忠幹→水野忠直~忠恒・忠照~忠紹の系図
夫 森長生→森長生の系図
子 頼季【1738-1745】
妻 東園基雅の娘
妻の父 東園基雅→東園基教~基雅の系図
子の夫 慈光寺敦仲→慈光寺明郷~右仲の系図
河鰭季満【1743-1762】
河鰭実祐【1758-1832】
権大納言。実は三条実顕(→三条実顕~実美の系図)の子。
妻 慈光寺具仲の娘
妻の父 慈光寺具仲→慈光寺明郷~右仲の系図
河鰭公陳【1773-1819】
参議。
子 実清【1792-1808】
実は飛鳥井雅威(→飛鳥井雅香~雅望の系図)の子。
河鰭実利【1800-1850】
正三位。実は持明院基敦(→持明院基胤~基和の系図)の子。
妻 外山光実の娘
妻の父 外山光実→外山光顕~光輔の系図
河鰭公述【1829-1864】
妻 日野西晏子
日野西光暉(→日野西総盛~延栄の系図)の娘。
系図について
本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。
系図はおおよそ次の方針で作成しています。
- 系図に描画する人物の範囲について
上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。 - 人物の表示の区別について
系図では、次の通り背景色を区別しています。
(オレンジ)……天皇
(緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
(黄)……江戸時代の将軍・藩主
(水色)……その他男性
(ピンク)……その他女性 - 養子・猶子について
両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。 - 正室・側室等について
これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。 - 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。