伊東氏(藤原氏南家・乙麿流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、伊東氏(藤原氏南家・乙麿流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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伊東氏(日向国飫肥藩主)の略系図

伊東氏の略系図1

1 祐時伊東祐時~貞祐の系図
3-A1 祐光伊東祐光~祐尚の系図
3-A2 政世伊東政世~祐泰の系図
3-A3 祐信伊藤祐信~利屋の系図
3-A4 弘祐伊東弘祐~祐信・祐吉の系図
3-A5 祐友祐政伊東祐友~祐恭・祐政~祐栄の系図
3-A6 祐〓伊東祐〓~祐之・祐忠~祐房の系図
3-A7 祐定守重伊東祐定~祐寿・祐之~祐干・三枝守重~祐茂の系図

伊東氏の略系図2

5 祐持伊東祐持~祐玄の系図
9 祐尭伊東祐尭~義祐の系図
14 祐兵伊東祐兵~祐久の系図
15-A 祐豊伊東祐豊~祐真の系図
16-A 祐春伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図

17 祐由伊東祐由~祐之の系図
21 祐隆伊東祐隆~祐帰の系図

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伊東祐時~貞祐の系図

伊東祐時~貞祐の系図

  伊東祐時(すけとき)【1185-1252】

祖父 祐継 祐経工藤祐継・祐経の系図
祖父 千葉常胤→千葉常胤の系図

 早川祐朝(以下、『系図纂要』による。)
 三石祐綱(以下、『系図纂要』による。)
 稲持祐盛田島祐明長倉祐氏門川祐景稲持祐忠木脇祐頼頼円祐時の息子(『系図纂要』による。)
 祐時の娘(6人)(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 蘆名光盛(『系図纂要』による。)→蘆名光盛の系図


  伊東祐光(すけみつ)
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 後藤基綱の娘
妻の父 後藤基綱→後藤基綱の系図

 景祐
 『系図纂要』では名は祐景。
 相良光頼〔養父:相良周頼〕→工藤時文~相良長頼の系図


  伊東祐宗(すけむね)【1266-1349】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 維祐/惟祐
 祐光 祐煕伊東祐光~祐尚の系図


  伊東貞祐(さだすけ)/祐貞(すけさだ)
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 祐持 氏祐伊東祐持~祐玄の系図

伊東祐光~祐尚の系図

伊東祐光~祐尚の系図

  伊東祐光(すけみつ)/祐守(すけもり)

祖父 祐光 祐宗伊東祐時~貞祐の系図


  伊東祐煕(すけひろ)(以下、『寛政重修諸家譜』による。)


  伊東祐茂(すけしげ)


  伊東祐堅(すけかた)


  伊東家祐(いえすけ)


  伊東祐遠(すけとお)


  伊東祐範(すけのり)【?-1468】


  伊東祐実(すけざね)


  伊東祐員(すけかず)


  伊東祐尚(すけなお)/祐衡(すけひら)【1516-1570】
 政世 政勝伊東政世~祐泰の系図
 伊藤祐信 信重伊藤祐信~利屋の系図
 弘祐 祐久祐吉伊東弘祐~祐信・祐吉の系図

伊東政世~祐泰の系図

伊東政世~祐泰の系図

  伊東政世(まさよ)【1557-1628】

祖父 祐員 祐尚伊東祐光~祐尚の系図

 小笠原康広の娘
妻の父 小笠原康広→小笠原康広の系図
 時吉(ときよし)【1594-1635】
子の妻 六角義定の娘
子の妻の父 六角義定→六角義定の系図
 祐泰〔養父:伊東政勝〕

子の夫 大沢基雄→大沢基雄の系図
子の夫 伊東祐房→伊東祐房の系図
子の夫 渡辺勝→渡辺勝の系図


  伊東政勝(まさかつ)【1596-1662】
 土岐持益の娘
妻の父 土岐持益斎藤頼元~土岐頼永の系図

子の夫 牧野正友→牧野正友の系図


  伊東祐泰(すけやす)【1632-1712】
 実は伊東時吉の子。
 河野松安の娘
妻の父 河野松安→河野松安の系図
 祐〓 祐寛祐忠伊東祐〓~祐之・祐忠~祐房の系図

 小倉正信の娘
妻の父 小倉正信→小倉正信の系図
 池田長俊〔養父:池田正長〕→池田長俊の系図

子の夫 押田正勝→押田正勝の系図
子の夫 小笠原持実→小笠原持実の系図
子の夫 遠山景秀→遠山景秀の系図

 時幸の娘〔養父:伊東祐〓〕→伊東祐〓~祐之・祐忠~祐房の系図

伊東祐〓~祐之・祐忠~祐房の系図

伊東祐〓~祐之・祐忠~祐房の系図

  伊東祐〓(すけひろ)【1656-1722】
 〓は「竹」+「工」。

祖父 政勝 祐泰伊東政世~祐泰の系図
祖父 河野松安→河野松安の系図

 井出正徳の娘
妻の父 井出正徳→井出正徳の系図


  伊東祐寛(すけひろ)【1679-1733】
 実は島田直親(→島田直親の系図)の子。
 伊東祐〓の娘
 実は伊東時幸(→伊東政世~祐泰の系図)の娘。


  伊東祐好(すけよし)【1716-1762】
 青木信祐の娘
妻の父 青木信祐→青木信祐の系図

 野々山兼隆の娘
 実は野々山兼脩(→野々山兼脩の系図)の娘。
妻の父 野々山兼隆→野々山兼隆の系図
 野々山政氏→野々山政氏の系図
 赤井質直〔養父:赤井時習〕→赤井質直の系図

子の夫 諏訪正武→諏訪正武の系図
子の夫 松波久隆→松波久隆の系図


  伊東祐英(すけひで)【1746-1798】
 菅沼正勝の娘
妻の父 菅沼正勝→菅沼正勝の系図


  伊東祐之(すけゆき)【1776-?】
 土屋正甫の娘
妻の父 土屋正甫→土屋正甫の系図


  伊東祐忠(すけただ)【1707-1786】
 遠山景義の娘
妻の父 遠山景義→遠山景義の系図

 長住(ながすみ)
 実は池田長俊(→池田長俊の系図)の子。
 祐猶(すけなお)
 実は岡野定明(→岡野定明の系図)の子。
 祐雄(すけお)
 実は蒔田敬定(→蒔田敬定の系図)の子。
 信満(のぶみつ)
 実は鈴木信順(→鈴木信順の系図)の子。
 秀政(ひでまさ)
 実は生島秀俊(→生島秀俊の系図)の子。


  伊東祐方(すけみち)【1768-?】
 実は犬飼清元(→犬飼清元の系図)の子。
 畠山義典の娘
妻の父 畠山義典→畠山義典の系図


  伊東祐房(すけふさ)

伊藤祐信~利屋の系図

伊藤祐信~利屋の系図

  伊藤祐信(すけのぶ)【1550-1569】
 北条氏康に仕えた。

祖父 祐員 祐尚伊東祐光~祐尚の系図


  信重(のぶしげ)【1568-1616】


  重元(しげもと)


  重利(しげとし)
子の夫 松永一興→松永一興の系図


  利賢(としまさ)【1674-1742】


  利敬(としひろ)【1721-1743】


  利屋(としずみ)【1742-?】
 花井定許の娘
妻の父 花井定許→花井定許の系図

 岡野将共の娘
妻の父 岡野将共→岡野将共の系図
 諏訪頼兆→諏訪頼兆の系図

 正方
 実は松本正祥(→松本正祥の系図)の子。
 玉儔
 実は原田工紬(→原田工紬の系図)の子。

伊東弘祐~祐信・祐吉の系図

伊東弘祐~祐信・祐吉の系図

  伊東弘祐(ひろすけ)【1564-1627】
 北条氏政・氏邦に仕えた。

祖父 祐員 祐尚伊東祐光~祐尚の系図

 長五郎【?-1636】
子の夫 津金久清→津金久清の系図
子の夫 逸見義重→逸見義重の系図


  伊東祐久(すけひさ)【1590-1646】
子の夫 三枝守盛→三枝守盛の系図


  伊東祐信(すけのぶ)【1641-1698】
 実は朝倉重宣(→朝倉重宣の系図)の子。
 三枝守盛の娘
妻の父 三枝守盛→三枝守盛の系図
 祐定三枝守重 祐景祐之守次伊東祐定~祐寿・祐之~祐干・三枝守重~祐茂の系図
子の夫 村上正仲→村上正仲の系図
子の夫 遠藤常英→遠藤常英の系図


  伊東祐吉(すけよし)【?-1658】
 祐友祐政 祐直祐平伊東祐友~祐恭・祐政~祐栄の系図

伊東祐定~祐寿・祐之~祐干・三枝守重~祐茂の系図

伊東祐定~祐寿・祐之~祐干・三枝守重~祐茂の系図

  伊東祐定(すけさだ)【1660-1716】

祖父 祐久 祐信伊東弘祐~祐信・祐吉の系図
祖父 三枝守盛→三枝守盛の系図

 朝倉景宣の娘
妻の父 朝倉景宣→朝倉景宣の系図
 三枝守次〔養父:三枝守重〕


  伊東祐景(すけかげ)【1691-1748】
 河村通顕の娘
妻の父 河村通顕→河村通顕の系図


  伊東祐持(すけもち)【1717-1786】
 祐周(すけちか)
 実は徳永昌尚(→徳永昌尚の系図)の子。
 祐持の娘
 実は福島正武(→福島正武の系図)の娘。


  伊東祐吉(すけよし)【1742-?】
 実は徳永昌尚(→徳永昌尚の系図)の子。
 辻守理の娘
妻の父 辻守理→辻守理の系図


  伊東祐寿(すけひさ)
 実は辻守理(→辻守理の系図)の子。


  伊東祐之(すけゆき)【1693-1734】
 大村貞知の娘
妻の父 大村貞知→大村貞知の系図

子の夫 野田諸成→野田諸成の系図


  伊東祐安(すけやす)【1721-1776】
子の夫 酒井元国→酒井元国の系図
子の夫 野田師古→野田師古の系図


  伊東祐香(すけか)【1754-?】


  伊東祐干(すけおき)【1774-?】


  三枝守重(もりしげ)【1673-1716】


  三枝守次(もりつぐ)【1701-1782】
 実は伊東祐定の子。


  伊東祐忠(すけただ)/守定(もりさだ)【1723-1796】
子の夫 松前浮広松前本広~浮広の系図
子の夫 岩室正儔→岩室正儔の系図


  伊東祐茂(すけしげ)【1754-?】

伊東祐友~祐恭・祐政~祐栄の系図

伊東祐友~祐恭・祐政~祐栄の系図

  伊東祐友(すけとも)【?-1657】

祖父 弘祐 祐吉伊東弘祐~祐信・祐吉の系図

 津金胤次の娘
妻の父 津金胤次→津金胤次の系図


  伊東祐直(すけなお)【?-1694】
 宗祐(むねすけ)【?-1689】
子の夫 小里光澄→小里光澄の系図


  伊東祐春(すけはる)【?-1739】
子の夫 大田正房→大田正房の系図


  伊東祐舁(すけのり)【1722-1744】


  伊東祐久(すけひさ)【1732-1758】
 実は小里光経(→小里光経の系図)の子。


  伊東祐恭(すけたか)【1744-?】
 実は水上昌善(→水上昌善の系図)の子。
 祐達(すけつく)
子の妻 長谷川重満の娘
 実は若林義方(→若林義方の系図)の娘。
子の妻の父 長谷川重満→長谷川重満の系図
子の妻の夫 田辺正芳→田辺正芳の系図

 祐達の娘〔養父:伊東祐恭〕

 祐恭の娘
 実は伊東祐達の娘。


  伊東祐政(すけまさ)【1623-1699】
 祐忠〔養父:伊東祐平〕


  伊東祐平(すけひら)【?-1729】
 祐武〔養父:伊東祐勝〕


  伊東祐忠(すけただ)【1667-1737】
 実は伊東祐政の子。


  伊東祐勝(すけかつ)【1722-1743】


  伊東祐武(すけたけ)【1718-1760】
 実は伊東祐平の子。


  伊東祐中(すけなか)【1737-1783】
 実は原田種春(→原田種春の系図)の子。
 深尾元長の娘
妻の父 深尾元長→深尾元長の系図

 佐久間信喜の娘
 実は大道寺直珍(→大道寺直珍の系図)の娘。
妻の父 佐久間信喜→佐久間信喜の系図
 座光寺為雪→座光寺為雪の系図

 美濃部茂勝の娘
妻の父 美濃部茂勝→美濃部茂勝の系図
 板倉勝尹→板倉勝尹の系図


  伊東祐寿(すけひさ)【1763-?】
 実は逸見義知(→逸見義知の系図)の子。


  伊東祐栄(すけよし)

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伊東祐持~祐玄の系図

伊東祐持~祐玄の系図

  伊東祐持(すけもち)【?-1348】
 母は『寛政重修諸家譜』による。伊豆から日向に移り住んだ。

祖父 祐宗 貞祐伊東祐時~貞祐の系図

 祐行/祐武


  伊東氏祐(うじすけ)/祐重(すけしげ)【1324-1378】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 祐基
 実は守永祐氏の子。


  伊東祐安(すけやす)【?-1434】
子の夫 島津久豊→島津久豊の系図


  伊東祐玄(すけはる)/祐武/祐立/氏祐【?-1444】
 祐尭 祐国伊東祐尭~義祐の系図
 祐玄の娘(4人)(『寛政重修諸家譜』による。)

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伊東祐尭~義祐の系図

伊東祐尭~義祐の系図

  伊東祐尭(すけたか)【1409-1485】

祖父 祐安 祐玄伊東祐持~祐玄の系図

 祐尭の娘(11人)(『寛政重修諸家譜』による。)


  伊東祐国(すけくに)【1448-1485】
 伊作久逸の乱で戦死した。
 祐国の娘(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 相良長毎相良長毎~晴広の系図


  伊東尹祐(ただすけ)/祐良(すけよし)【1468-1523】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 義祐〔養父:伊東祐充〕
 尹祐の娘(3人)(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 相良長祇相良長毎~晴広の系図


  伊東祐充(すけみつ)/祐脩(すけなが)/祐裔(すけちか)【1510-1533】
 祐充の娘(2人)(『寛政重修諸家譜』による。)


  伊東義祐(よしすけ)/祐清(すけきよ)/祐国【1512-1585】
 実は伊東尹祐の子。飫肥などを手中に収めたが、島津氏の侵攻などにより、各地を流浪した。
 義益(よします)【1546-1569】
子の妻 一条房基の娘
子の妻の父 一条房基一条教房の系図

 義賢/義綱/義荘
孫の夫 伊東祐兵伊東祐兵~祐久の系図

 祐兵 祐慶伊東祐兵~祐久の系図
 義祐の娘(6人)(『寛政重修諸家譜』による。)

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伊東祐兵~祐久の系図

伊東祐兵~祐久の系図

  伊東祐兵(すけたか)/祐隆【1559-1600】
 日向国飫肥藩主。豊臣秀吉に仕え、関ヶ原の戦いでは東軍に属した。

祖父 祐充 義祐伊東祐尭~義祐の系図

 伊東義益の娘
妻の父 伊東義益伊東祐尭~義祐の系図
 祐寿/祐広
子の夫 成瀬正武→成瀬正武の系図
子の夫 滝川法直→滝川法直の系図


  伊東祐慶(すけのり)【1589-1636】
 飫肥藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。命に従わない家老を切腹させ、薩摩藩との境界争いを解決した。
 祐豊 祐賢伊東祐豊~祐真の系図


  伊東祐久(すけひさ)【1609-1657】
 飫肥藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。島原の乱では天草の富岡城を守った。
 滝川法直の娘
妻の父 滝川法直→滝川法直の系図
 祐由 祐実伊東祐由~祐之の系図
 鶴千代【1633-1640】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 祐春 祐連伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図
 祐実〔養父:伊東祐由〕→伊東祐由~祐之の系図
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 祐久の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。

伊東祐豊~祐真の系図

伊東祐豊~祐真の系図

  伊東祐豊(すけとよ)【1612-1668】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)
 兄祐久から3000石を分与された。

祖父 祐兵 祐慶伊東祐兵~祐久の系図

 内藤政長の娘
妻の父 内藤政長→内藤政長の系図

 朝倉宣正の娘
妻の父 朝倉宣正→朝倉宣正の系図

 三宅康盛の娘
妻の父 三宅康盛→三宅康盛の系図

子の夫 杉浦典治→杉浦典治の系図
子の夫 秋山政忠→秋山政忠の系図


  伊東祐賢(すけかた)【1666-1708】
 酒井忠経の娘
妻の父 酒井忠経→酒井忠経の系図

 石川豊故(とよひさ)/豊覚(とよあきら)
 飯田満盈〔養父:飯田直光〕→飯田満盈の系図
 小倉正英〔養父:小倉正房〕→小倉正英の系図

子の夫 伊東祐連伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図


  伊東祐詮(すけとし)/祐之(すけゆき)/祐良(すけよし)【1690-1730】
 高木正長の娘
 実は土屋茂直(→土屋茂直の系図)の娘。
妻の父 高木正長→高木正長の系図

子の夫 伊丹勝房→伊丹勝房の系図


  伊東祐続(すけつぐ)/祐縄(すけなわ)【1714-1777】
 大久保忠明の娘
妻の父 大久保忠明→大久保忠明の系図

 祐真〔養父:伊東祐政〕
 祐訓の娘〔養父:伊東祐政〕


  伊東祐峯(すけみね)/祐智(すけとも)【1737-1768】
 松平康郷の娘
妻の父 松平康郷→松平康郷の系図

 祐昌〔養父:伊東祐武〕→伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図
子の夫 松平信譲→松平信譲の系図
子の夫 向井正直→向井正直の系図


  伊東祐政(すけまさ)/祐秀(すけひで)【1757-?】
 内藤信庸の娘
妻の父 内藤信庸→内藤信庸の系図
 内藤正範→内藤正範の系図

 酒井忠休の娘
 実は酒井忠起(→酒井忠起の系図)の娘。
妻の父 酒井忠休→酒井忠休の系図
 三宅康武(『系図纂要』による。)→三宅康武の系図

子の夫 小笠原広胖→小笠原広胖の系図


  伊東祐真(すけちか)【1779-?】
 実は伊東祐訓の子。

伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図

伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図

  伊東祐春(すけはる)【1635-1706】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)
 兄祐由から3000石を分与された。

祖父 祐慶 祐久伊東祐兵~祐久の系図
祖父 滝川法直→滝川法直の系図

 土岐頼泰の娘
妻の父 土岐頼泰土岐頼泰~頼直の系図
 祐崇〔養父:伊東祐実〕→伊東祐由~祐之の系図

子の夫 小出英陳→小出英陳の系図
子の夫 一柳直長→一柳直長の系図
子の夫 畠山基祐→畠山基祐の系図


  伊東祐連(すけつら)【1677-1719】
 滝川元長の娘
妻の父 滝川元長→滝川元長の系図

 伊東祐賢の娘
妻の父 伊東祐賢伊東祐豊~祐真の系図

子の夫 内藤休明→内藤休明の系図
子の夫 松平定武→松平定武の系図
子の夫 仙石久近→仙石久近の系図


  伊東祐陳(すけのぶ)【1717-1741】
 祐陳の娘
 伊東祐房に嫁ぐ予定であった。


  伊東祐房(すけふさ)【1719-1778】
 実は伊東祐永(→伊東祐由~祐之の系図)の子。
 松平定昌の娘
妻の父 松平定昌→松平定昌の系図
 毛利高伴〔養父:毛利高寛〕→毛利高伴の系図
 祐程〔養父:伊東祐恵〕

子の夫 渡辺富栄→渡辺富栄の系図
子の夫 森川俊尹→森川俊尹の系図


  伊東祐武(すけたけ)【1750-1778】
 実は伊東祐隆(→伊東祐隆~祐帰の系図)の子。
 祐武の娘
 伊東祐昌に嫁ぐ予定であった。
 祐武の娘〔養父:伊東祐昌〕


  伊東祐昌(すけまさ)【1762-1780】
 実は伊東祐峯(→伊東祐豊~祐真の系図)の子。
 祐昌の娘
 伊東祐寿に嫁ぐ予定であった。


  伊東祐寿(すけとし)/郷実(さとざね)【1764-1791】
 実は松平康真(→松平康真の系図)の子。


  伊東祐承(すけよし)【?-1803】
 実は伊東祐程の子。


  伊東祐博【?-1825】(以下、『系図纂要』による。)


  伊東祐恵(すけまさ)【1713-1768】
 伊東祐永の娘
妻の父 伊東祐永伊東祐由~祐之の系図


  伊東祐程(すけちか)【1746-?】
 実は伊東祐房の子。
 菅沼定用の娘
妻の父 菅沼定用→菅沼定用の系図
 祐承〔養父:伊東祐寿〕

子の夫 田付景邦→田付景邦の系図

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伊東祐由~祐之の系図

伊東祐由~祐之の系図

  伊東祐由(すけみち)/祐次(すけつぐ)【1631-1661】
 飫肥藩主。

祖父 祐慶 祐久伊東祐兵~祐久の系図
祖父 滝川法直→滝川法直の系図

 姉小路公景の娘
妻の父 姉小路公景姉小路公景~実武の系図
 祐由の娘(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 分部信政→分部信政の系図


  伊東祐実(すけざね)【1644-1723】
 飫肥藩主。実は伊東祐久(→伊東祐兵~祐久の系図)の子。島津氏との牛ノ峠の境界争いに勝利したほか、飫肥から油津まで運河を開いた。
 秋田盛季の娘
妻の父 秋田盛季→秋田盛季の系図
 祐実の娘(『寛政重修諸家譜』による。)

 松千代(『寛政重修諸家譜』による。)
 祐崇(すけたか)【1669-1747】
 実は伊東祐春(→伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図)の子。
子の妻 分部信政の娘
子の妻の父 分部信政→分部信政の系図

子の妻 松平義昌の娘
子の妻の父 松平義昌→松平義昌の系図
 祐崇の娘〔養父:伊東祐実〕


  伊東祐永(すけなが)【1689-1739】
 飫肥藩主。財政の逼迫により、節約令を発した。
 伊東祐実の娘
 実は伊東祐崇の娘。
子の夫 九鬼隆邑→九鬼隆邑の系図

 井上氏
 祐隆〔養父:伊東祐之〕→伊東祐隆~祐帰の系図

 祐房〔養父:伊東祐陳〕→伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図
 祐永の娘(8人)(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 伊東祐恵伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図


  伊東祐之(すけゆき)【1727-1744】
 飫肥藩主。
 祐隆 祐福伊東祐隆~祐帰の系図

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伊東祐隆~祐帰の系図

伊東祐隆~祐帰の系図

  伊東祐隆(すけたか・すけおき)【1716-1757】
 飫肥藩主。実は伊東祐永(→伊東祐由~祐之の系図)の子。

祖父 祐永 祐之伊東祐由~祐之の系図

 愛宕通晴の娘〔養父:愛宕通貫(→愛宕通福~通致の系図)〕
妻の父 愛宕通晴愛宕通福~通致の系図
 祐隆の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 祐隆の娘(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 亀井矩貞→亀井矩貞の系図

 祐武〔養父:伊東祐房〕→伊東祐春~祐膺・祐恵・祐程の系図


  伊東祐福(すけよし)【1740-1781】
 飫肥藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。仙洞御所の造営に携わった。
 中川貞/定
 中川久貞(→中川久貞の系図)の娘。


  伊東祐鐘(すけあつ)/祐粛(すけかね)【1772-1798】
 飫肥藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。藩財政を立て直すため、植林などを推進した。
 稲葉弘通の娘
妻の父 稲葉弘通→稲葉弘通の系図

 祐丕〔養父:伊東祐民〕


  伊東祐民(すけたみ)【1792-1812】
 飫肥藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。学問所を開設した。
 浅野重晟の娘
妻の父 浅野重晟浅野重晟の系図

 祐相〔養父:伊東祐丕〕


  伊東祐丕(すけひろ)【1797-1814】
 飫肥藩主。実は伊東祐鐘の子。


  伊東祐相(すけとも)【1812-1874】
 飫肥藩主。実は伊東祐民の子。藩校振徳堂を設立したほか、堕胎を禁じた。
 三浦誠次の娘
妻の父 三浦誠次三浦誠次~顕次の系図

 水野忠邦の娘
妻の父 水野忠邦→水野忠邦の系図
 五島盛成→五島盛成の系図

子の夫 間部詮実→間部詮実の系図
子の夫 本堂親久→本堂親久の系図


  伊東祐帰(すけより)【1855-1894】
 飫肥藩主。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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