前橋松平家(清和源氏・義国流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、前橋松平家(清和源氏・義国流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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前橋松平家(上野国前橋藩主)の略系図

前橋松平家の略系図

1 直基松平直基~基知の系図
4 明矩松平明矩~直温の系図
8 斉典松平斉典~直方の系図

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松平直基~基知の系図

松平直基~基知の系図

  松平直基(なおもと)【1604-1648】
 越前国勝山藩主・越前国大野藩主・出羽国山形藩主・播磨国姫路藩主。前橋松平家の祖。

祖父 家康徳川家康の系図
 秀康結城秀康・松平忠直の系図

 本多富正の娘
妻の父 本多富正→本多富正の系図

 →内藤信良の系図


  松平直矩(なおのり)【1642-1695】
 姫路藩主・越後国村上藩主・豊後国日田藩主・山形藩主・陸奥国白河藩主。
 松平駒【1642-1663】
 松平直政(→松平直政~吉透の系図)の娘。
 東園丁
 東園基賢(→東園基教~基雅の系図)の娘。
 村上氏
 宣富〔養父:松平光長〕→松平光長~長煕の系図
 知清(ちかきよ)【1682-1721】
 陸奥国白河新田藩主。
 明矩〔養父:松平基知〕→松平明矩~直温の系図
 宗矩〔養父:松平宗昌〕→松平宗昌~茂昭の系図
 長煕〔養父:松平浅五郎〕→松平光長~長煕の系図
 〔養父:松平基知〕

 本多忠貞〔養父:本多忠周〕→本多忠周~忠曄の系図

 佐手→京極高住の系図


  松平基知(もとちか)【1679-1729】
 白河藩主。
 有馬封【1681-1712】
 有馬頼元(→有馬頼元の系図)の娘。
 東園安
 東園基雅(→東園基教~基雅の系図)の娘。
 明矩 朝矩松平明矩~直温の系図

 →榊原政岑の系図

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松平明矩~直温の系図

松平明矩~直温の系図

  松平明矩(あきのり)/義知(よしちか)【1713-1748】
 白河新田藩主・白河藩主・姫路藩主。実は松平知清(→松平直基~基知の系図)の子。

祖父 直矩 基知松平直基~基知の系図
祖父 東園基雅東園基教~基雅の系図

 小笠原艶【?-1740】
 小笠原忠基(→小笠原忠基の系図)の娘。
 成田氏
 松平宣維~定安の系図

 田畑氏
 矩道【1739-1764】
 由良貞通〔養父:由良貞整〕→由良貞通の系図
 →津軽信寧の系図
 →秋月種茂の系図


  松平朝矩(とものり)/直賢【1738-1768】
 姫路藩主・上野国前橋藩主・武蔵国川越藩主。
 山内峰【1742-1758】
 山内豊敷(→山内豊敷の系図)の娘。
 藤井土【?-1805】
 藤井充行(→藤井充行の系図)の娘。
 大久保氏
 土井利建〔養父:土井利里〕→土井利益~利見の系図

 山田氏
 秋山正修〔養父:秋山正直〕→秋山正修の系図
 高力直延〔養父:高力直道〕→高力直延の系図

 喜佐→津軽信明の系図


  松平直恒(なおつね)【1762-1810】
 川越藩主。
 桜井吉/悦【?-1786】
 桜井氏福(→桜井氏敦・氏福の系図)の娘。
 伊達富【?-1789】
 伊達村候(→伊達村候の系図)の娘。
 鈴木氏
 知豊【1787-1804】
 季遠松平直周~直致の系図

 菊地氏
 斉典〔養父:松平直温〕→松平斉典~直方の系図
 →黒田長韶の系図
 松平直行~直哉の系図

 八嶋氏
 →五島盛繁の系図

 松平斉典~直方の系図


  松平直温(なおのぶ)【1795-1816】
 川越藩主。
 浅井輝
 浅井斉賢(→浅野斉賢~長勲の系図)の娘。
 上杉斉定→上杉斉定の系図

 福田氏
 〔養父:松平斉典〕→松平斉典~直方の系図

 斉典 典則松平斉典~直方の系図

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松平斉典~直方の系図

松平斉典~直方の系図

  松平斉典(なりつね)/矩典(のりつね)【1797-1850】
 川越藩主。実は松平直恒(→松平明矩~直温の系図)の子。藩校の講学所を創設し、川越版『日本外史』を刊行させた。

祖父 直恒 直温松平明矩~直温の系図

 宗徳
 宗義功(→宗義暢~重正の系図)の娘。
 九条尚忠九条師孝~道孝の系図

 矢部氏
 〓三郎
 〓は「矛」+「侵」のつくりの部分。

 斉省【1823-1841】
 実は徳川家斉(→徳川家斉の系図)の子。
子の妻 松平鉚
 実は松平直温(→松平明矩~直温の系図)の娘。
子の妻 池田斉政の娘
子の妻の父 池田斉政池田斉政~章政の系図


  松平典則(つねのり)/典術【1836-1883】
 川越藩主。


  松平直侯(つねのり)/昭融【1839-1861】
 川越藩主。実は徳川斉昭(→徳川斉昭~昭武の系図)の子。
 鍋島貢【1839-1918】
 鍋島直正(→鍋島直正の系図)の娘。


  松平直克(なおかつ)/頼敦【1840-1897】
 川越藩主・前橋藩主。実は有馬頼徳(→有馬頼徳の系図)の子。政事総裁職に任じられた。
 松平恵
 松平可寛(→松平明矩~直温の系図)の娘。


  松平直方(なおかた)/利篤【1858-1907】
 前橋藩主。実は前田利声(→前田利声の系図)の子。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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