このページでは、前田氏(菅原氏)・利次流の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
前田氏・利次流(越中国富山藩主)の略系図

1 利次→前田利次~利隆の系図
5 利幸→前田利幸~利謙の系図
9 利幹→前田利幹~利同の系図
前田利次~利隆の系図
前田利次(としつぐ)【1617-1674】
越中国富山藩主。百塚築城を断念し、富山の城下町を整備した。
祖父 利長→前田利家・利長の系図
父 利常→前田利常~綱紀の系図
祖父 徳川秀忠→徳川秀忠の系図
妻 鳥居多賀子
鳥居忠政(→鳥居元忠・忠政の系図)の娘。
子 千勝丸【?-1643】
母は『寛政重修諸家譜』による。
子 梅→水野忠春~忠任の系図
前田正甫(まさとし)【1649-1706】
富山藩主。富山売薬の基礎を築いた。
妻 中川夏
中川久清(→中川久清~久慶の系図)の娘。
子 主税【?-1676】
母は『寛政重修諸家譜』による。
子 采女【?-1679】
子 利由(としよし)【?-1710】
子 利隆〔養父:前田利興〕
子 又五郎【?-1719】
子 利郷(としさと)【?-1746】
子 利寛(としひろ)【?-1776】
子 蝶【?-1683】
子 蘭【?-1683】
子 逸【?-1698】
子 家→酒井忠国~忠美の系図・酒井忠恒・忠予の系図
子 満【?-1711】
子 為→前田利英・利理の系図
前田利興(としおき)【1678-1733】
富山藩主。
妻 前田富貴
前田利直(→前田利治~利章の系図)の娘。
子 亀千代【?-1708】
前田利隆(としたか)【1690-1744】
富山藩主。実は前田正甫の子。
子 利幸・孫 利与→前田利幸~利謙の系図
子 利嘉(としよし)【?-1754】
子 利教(としのり)【?-1748】
子 利与〔養父:前田利幸〕→前田利幸~利謙の系図
子 利完(としさだ)【?-1743】
子 紀忠(としただ)【?-1754】
子 利籌(としかず)【?-1754】
子 利桓(としたか)【?-1771】
子 隆→前田利道~利考の系図
子 幸→藤堂高雅の系図
子 芸→前田長敦の系図
子 梶【?-1741】
前田利幸~利謙の系図
前田利幸(としゆき)【1729-1762】
富山藩主。
祖父 利興・父 利隆→前田利次~利隆の系図
妻 前田総【?-1758】
前田吉徳(→前田吉徳~重教の系図)の娘。
子 利久〔養父:前田利与〕
子 春→石川総慶~総博の系図
子 豊→前田利道~利考の系図
前田利与(としとも)【1737-1794】
富山藩主。実は前田利隆(→前田利次~利隆の系図)の子。藩校広徳館を創設した。
子 利謙〔養父:前田利久〕
子 亀吉【?-1769】
子 利晁(としあきら)【?-1790】
子 恒→織田信憑~信親の系図
子 峯【?-1794】
前田利久(としひさ)【1761-1787】
富山藩主。実は前田利幸の子。
前田利謙(としのり)【1767-1801】
富山藩主。実は前田利与の子。
妻 毛利重就の娘【?-1814】
妻の父 毛利重就→毛利吉元~重就の系図
夫 毛利匡邦→毛利政苗~元純の系図
子 松次郎【?-1795】
子 利保〔養父:前田利幹〕→前田利幹~利同の系図
子 利幹・孫 利保→前田利幹~利同の系図
子 勝→前田利幹~利同の系図
子 栄→宗義暢~重正の系図
子 光【?-1800】
子 美【?-1803】
前田利幹~利同の系図
前田利幹(としつよ)【1771-1836】(以下、『前田家譜(越中富山)』による。)
富山藩主。実は前田利道(→前田利道~利考の系図)の子。
祖父 利久・父 利謙→前田利幸~利謙の系図
妻 前田勝
前田利謙(→前田利幸~利謙の系図)の娘。
妻 松平定信の娘〔養父:松平輝延(→松平輝和~輝声の系図)〕
妻の父 松平定信→松平定信の系図
夫 井伊直清→井伊直中~直憲の系図
夫 松平輝健→松平輝和~輝声の系図
子 利幹の息子【?-1803】
子 松平近信〔養父:松平近訓〕→松平近形~近説の系図
子 利民【?-1869】
子 利貫【?-1819】
子 利威【?-1843】
子 利愛【?-1857】
子 利豁〔養父:前田利和〕→前田利尚~利昭の系図
子 利種【?-1829】
子 恵【?-1812】
子 鋭→佐竹義厚の系図
子 銓【?-1814】
子 〓(「金」+「常」)→加藤泰幹の系図
子 〓(「金」+「宣」)→脇坂安坦の系図
前田利保(としやす)【1800-1859】
富山藩主。実は前田利謙(→前田利幸~利謙の系図)の子。本草学者としても活躍した。
妻 浅野斉賢の娘
妻の父 浅野斉賢→浅野斉賢~長勲の系図
子 利鎮【?-1821】
子 利謐【?-1824】
子 利文【?-1830】
子 利繁【?-1830】
子 利清【?-1839】
子 利声〔養父:前田利友〕
子 利雄【?-1856】
子 利暢【?-1838】
子 利致【?-1839】
子 利通【?-1862】
子 利章【?-1852】
子 利竜【?-1854】
子 鋋【?-1825】
子 鐖【?-1841】
子 辰【?-1834】
子 弘→前田利之~利鬯の系図
子 道【?-1838】
子 殊【?-1841】
子 幸【?-1840】
子 定→前田利之~利鬯の系図
子 充【?-1850】
前田利友(としとも)【1834-1853】
富山藩主。
子 利登【?-1853】
前田利声(としかた)【1835-1904】
富山藩主。実は前田利保の子。父利保と対立し、藩主の座を追われた。
子 松平直方〔養父:松平直克〕→松平斉典~直方の系図
子 利中〔養父:井上氏〕
子 祐之助〔養父:朝倉教林〕
子 檀【?-1860】
子 専【?-1869】
子 利声の娘【?-1868】
前田利同(としあつ)【1856-1921】
富山藩主。実は前田斉泰(→前田治脩~慶寧の系図)の子。
妻 松平輝聴の娘
妻の父 松平輝聴→松平輝和~輝声の系図
系図について
本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。
系図はおおよそ次の方針で作成しています。
- 系図に描画する人物の範囲について
上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。 - 人物の表示の区別について
系図では、次の通り背景色を区別しています。
(オレンジ)……天皇
(緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
(黄)……江戸時代の将軍・藩主
(水色)……その他男性
(ピンク)……その他女性 - 養子・猶子について
両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。 - 正室・側室等について
これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。 - 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。