六角家(藤原氏北家・頼宗流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、六角家(藤原氏北家・頼宗流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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六角基維~博通の系図

六角基維~博通の系図

  六角基維【1675-1695】〔養父:園基福(→園基福~基香の系図)〕
 六角家の祖。波多と号した。

祖父 基音園基富~基音の系図
 基起葉川基起~壬生基修の系図


  六角益通/基親【1683-1748】
 参議。実は東園基量(→東園基教~基雅の系図)の子。


  六角孝通【1725-1740】


  六角知通/基風【1738-1786】
 正三位。実は園基香(→園基福~基香の系図)、高辻総長(→高辻総長~修長の系図)(『高辻家譜』)の子。
 朽木衆綱の娘
妻の父 朽木衆綱→朽木衆綱の系図
 政幸(『六角家譜』による。)
子の夫 長谷信昌長谷忠康~信成の系図

 知通の息子(『六角家譜』による。)


  六角光通【1756-1809】
 参議。
 園基衡の娘
妻の父 園基衡園基衡~基祥の系図

 清岡長材〔養父:清岡長親〕→清岡長時~長説の系図
 光通の息子(2人)(『六角家譜』による。)
子の夫 清岡長親清岡長時~長説の系図


  六角和通【1778-1837】
 参議。
 唐橋嫁子
 唐橋在煕(→唐橋在家~在光の系図)の娘。
子の夫 大鳥居信盛(『六角家譜』による。)

 和理 祖庭(『六角家譜』による。)
子の夫 中西興平(『六角家譜』による。)


  六角能通【1804-1868】
 正三位。
 聡通【1824-1841】
 能通の娘(『六角家譜』による。)
子の夫 慈光寺右仲(『六角家譜』による。)→慈光寺明郷~右仲の系図
子の夫 高松実演(『六角家譜』による。)→高松実名~公雄の系図
子の夫 石井行知(『六角家譜』による。)→石井行文~行知の系図


  六角博通(ひろみち)【1835-1900】
 交野時雍の娘
妻の父 交野時雍交野時貞~時万の系図

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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