鷹司家(藤原氏北家)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、鷹司家(藤原氏北家)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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鷹司兼平~冬教の系図

鷹司兼平~冬教の系図

  鷹司兼平(かねひら)【1228-1294】
 摂政・関白・太政大臣。称念院殿と号した。鷹司家の祖。家名は邸宅が京都鷹司室町にあったことによる。

祖父 基通近衛基通の系図
 家実近衛家実・兼経の系図
祖父 楊梅忠行楊梅重季~経季の系図

 一条実有の娘
妻の父 一条実有一条実有~実連の系図

 平親継の娘
妻の父 平親継平惟忠・平有親の系図
 兼忠(かねただ)【1262-1301】〔養父:鷹司基忠、養子:鷹司冬平〕
 摂政・関白・左大臣。歓喜園院殿と号した。
子の妻 近衛基平の娘
子の妻の父 近衛基平近衛基平の系図
 冬経【1283-1319】
 権大納言。
曾孫 基教【1299-?】
 参議。
曾孫の妻 松殿基教の娘
曾孫の妻の父 松殿基教松殿忠房の系図

曾孫 増仁(ぞうじん)【1302-1368】〔養父:鷹司基忠〕
 園城寺長吏。

子の妻 高階頼泰の娘
 兼冬【1289-1308】
 従三位。
 基教〔養父:鷹司冬経〕

子の夫 近衛家基近衛家基~道嗣の系図

 大炊御門光俊の娘
妻の父 大炊御門光俊大炊御門光能の系図


  鷹司基忠(もとただ)【1247-1313】〔養子:鷹司兼忠、増仁〕
 関白・太政大臣。円光院殿と号した。

 衣笠経平の娘
妻の父 衣笠経平粟田口忠良の系図
 冬基【1285-1309】〔養父:鷹司冬平〕
 権大納言。
 冬教〔養父:鷹司冬平〕
 良信(りょうしん)【1278-1329】
 興福寺別当。

 丹波良基の娘
妻の父 丹波良基→丹波良基の系図
 聖忠(しょうちゅう)【1268-1319】
 東寺長者。醍醐寺座主。

 良盛の娘
妻の父 良盛藤原俊経・盛経の系図
 増基(ぞうき)【1282-1352】
 園城寺長吏。花園天皇などの護持僧を務めた。

 洞院実雄の娘
妻の父 洞院実雄洞院実雄の系図
子の夫 猪熊兼教近衛基平の系図

 聖尋(しょうじん)
 東寺長者。醍醐寺座主。


  鷹司冬平(ふゆひら)【1275-1327】〔養父:鷹司兼忠、養子:鷹司冬経、鷹司冬基〕
 摂政・関白・太政大臣。後称念院殿と号した。
 中院通頼の娘
妻の父 中院通頼中院通成~通冬の系図

 師平〔養父:鷹司冬教〕→鷹司師平~忠冬の系図


  鷹司冬教(ふゆのり)【1305-1337】
 関白・左大臣。実は鷹司基忠の子。後円光院殿と号した。
 一条内実の娘
妻の父 一条内実一条実経~内経の系図

 師平 冬通鷹司師平~忠冬の系図

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鷹司師平~忠冬の系図

鷹司師平~忠冬の系図

  鷹司師平(もろひら)【1310-1353】
 関白・右大臣。実は鷹司冬平(→鷹司兼平~冬教の系図)の子。昭光院殿と号した。

祖父 冬平 冬教鷹司兼平~冬教の系図

 永福門院東御方
 洞院実泰(→洞院実泰の系図)の娘。
 恒明親王亀山天皇の系図

 洞院吉子
 洞院公賢(→洞院公賢の系図)の娘。


  鷹司冬通(ふゆみち)【1330-1386】
 関白・左大臣。一心院殿と号した。
 洞院公敏の娘
妻の父 洞院公敏洞院公敏・公泰の系図
子の夫 一条経嗣一条経通~兼良の系図

 洞院実夏の娘
妻の父 洞院実夏洞院実夏~公連の系図

 孝尋孝信〔養父:九条経教〕→九条房実~満教の系図


  鷹司冬家(ふゆいえ)【1367-1428】
 右大臣。後一心院殿と号した。
 昭円(『系図纂要』による。)


  鷹司房平(ふさひら)【1411-1472】
 関白・左大臣。後昭光院殿と号した。応仁の乱の際には、奈良に避難した。
 性深(しょうじん)
 東寺長者。
 信玄尊雅(『系図纂要』による。)


  鷹司政平(まさひら)【1445-1517】
 関白・太政大臣。専称院殿と号した。
 一条経子
 一条兼良(→一条経通~兼良の系図)の娘。母は『摂家系図』による。


  鷹司兼輔(かねすけ)【1480-1552】
 関白・左大臣。法音院殿と号した。
 正親町三条公治の娘
妻の父 正親町三条公治正親町三条実雅~実望の系図


  鷹司忠冬(ただふゆ)【1509-1546】
 関白・左大臣。後専称院殿と号した。
 信房 信尚鷹司信房~教平の系図

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鷹司信房~教平の系図

鷹司信房~教平の系図

  鷹司信房(のぶふさ)【1565-1657】(以下、『系図纂要』による。)
 関白・左大臣。実は二条晴良(→二条持通~晴良の系図)の子。鷹司家を再興した。後法音院と号した。

祖父 兼輔 忠冬鷹司師平~忠冬の系図

 佐々成政の娘
妻の父 佐々成政→佐々成政の系図
 信尊【1599-1676】
 覚定(かくじょう)【1607-1661】
 醍醐寺座主。
 孝子→徳川家光の系図

 白川顕成の娘
妻の父 白川顕成雅朝王~白川資訓の系図
 松平信平→松平信平の系図
 幸君→光常の系図


  鷹司信尚(のぶひさ)【1590-1621】
 関白・左大臣。景皓院殿と号した。
 清子内親王(せいし)【1593-1674】
 後陽成天皇(→後陽成天皇の系図)の皇女。
子の夫 花山院定好花山院定煕・定好の系図


  鷹司教平(のりひら)【1609-1668】
 左大臣。一致院殿と号した。
 上冷泉満子
 上冷泉為満(→上冷泉為満~為清の系図)の娘。
 房輔 兼煕鷹司房輔~基輝の系図
 高賢(こうけん)【1639-1707】
 醍醐寺座主。
 九条兼晴〔養父:九条道房〕→九条幸家~輔実の系図
 信賀/信雅【?-1690】
 俊海【1650-1682】〔養父:九条兼晴(→九条幸家~輔実の系図)〕
 房子霊元天皇の系図
 信子→徳川綱吉の系図
子の夫 島津綱貴→島津綱貴の系図

 文智女王(ぶんち)【1619-1697】
 後水尾天皇(→後水尾天皇~後光明天皇の系図)の皇女。離婚後は仏教に帰依した。

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鷹司房輔~基輝の系図

鷹司房輔~基輝の系図

  鷹司房輔(ふさすけ)【1637-1700】
 摂政・関白・左大臣。

祖父 信尚 教平鷹司信房~教平の系図
祖父  上冷泉為満上冷泉為満~為清の系図

 毛利竹子
 毛利秀就(→毛利秀就の系図)の娘。
 西園寺実輔〔養父:西園寺公遂〕→西園寺実輔の系図

 山科言行の娘
妻の父 山科言行山科言行~尭言の系図
 一条兼香〔養父:一条兼輝〕→一条兼香の系図

 輔信(すけのぶ)【1680-1741】
子の妻 久我通誠の娘
子の妻の父 久我通誠→久我通誠の系図

 八重子→徳川吉孚の系図
 輔信の息子 輔信の娘(『鷹司家譜』による。)
孫の夫 毛利吉広→毛利吉広の系図
孫の夫 花山院常雅→花山院常雅の系図

 信覚【?-1701】
 隆尊【1689-1764】
 房演【1670-1736】
 日顕(『鷹司家譜』による。)
 房輔の息子 房輔の娘(『鷹司家譜』による。)


  鷹司兼煕(かねひろ)【1659-1725】
 関白・左大臣。
 松平長子【?-1719】
 松平頼重(→松平頼重の系図)の娘。
 兼煕の息子(2人)・ 兼煕の娘(『鷹司家譜』による。)

 基子→家仁親王の系図
 兼煕の息子(『鷹司家譜』による。)


  鷹司房煕(ふさひろ)【1710-1730】
 内大臣。実は近衛家煕(→近衛信尋~家煕の系図)の子。


  鷹司尚輔【1726-1733】
 実は近衛家煕(→近衛信尋~家煕の系図)の子。


  鷹司基輝(もとてる)【1727-1743】
 内大臣。実は一条兼香(→一条兼香の系図)の子。
 輔平→鷹司輔平の系図

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