北小路家(藤原氏北家・真夏流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、北小路家(藤原氏北家・真夏流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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北小路徳光~随光の系図

北小路徳光~随光の系図

  北小路徳光【1683-1726】
 正三位。北小路家の祖。

祖父 資行柳原資定~資尭の系図
 誠光三室戸誠光~和光の系図

 柳原資廉の娘
妻の父 柳原資廉柳原資定~資尭の系図


  北小路資福【1721-1727】
 実は富小路重直(→富小路重直~敬直の系図)の子。


  北小路光香【1720-1784】
 正三位。実は外山光和(→外山光顕~光輔の系図)、沢忠量(→沢忠量の系図)の子。


  北小路光教【1750-1785】
 母は『北小路家譜』による。


  北小路祥光【1763-1819】
 参議。実は日野資枝(→日野資時~資平の系図)の子。
 祥光の息子(『北小路家譜』による。)
子の夫 藤谷為脩藤谷為敦~為兄の系図
子の夫 清岡長親清岡長時~長説の系図
子の夫 光宝(『北小路家譜』による。)


  北小路師光【1792-1843】
 正三位。
 日野資愛の娘
妻の父 日野資愛日野資時~資平の系図

 亀丸【?-1837】(『北小路家譜』による。)
 保麿【?-1854】(『北小路家譜』による。)
 (『北小路家譜』による。)→山科言知~言縄の系図
 【?-1834】(『北小路家譜』による。)
 登喜【?-1836】(『北小路家譜』による。)


  北小路説光【1812-1856】
 正三位。
 説光の息子(『北小路家譜』による。)
 萱野家を相続した。


  北小路随光【1832-1916】
 正三位。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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