岩倉家(村上源氏)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、岩倉家(村上源氏)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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岩倉家(羽林家)の略系図

岩倉家の略系図

1 具尭岩倉具尭~乗具の系図
5 恒具岩倉恒具~具視の系図

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岩倉具尭~乗具の系図

岩倉具尭~乗具の系図

  岩倉具尭【?-1633】
 岩倉家の祖。

祖父 通言久我通博~通言の系図
 晴通久我晴通~敦通の系図
祖父 源香源基の系図

 園基継の娘
妻の父 園基継園基富~基音の系図
 千種有能 有維千種有能~有敬の系図
 植松雅永植松雅永~雅言の系図

 有清
子の妻 花山院定好の娘
子の妻の父 花山院定好花山院定煕・定好の系図
 愛宕通福曾孫 通晴愛宕通福~通致の系図

 亮有有賀禅巌(『岩倉家譜』による。)
曾孫の夫 三室戸誠光三室戸誠光~和光の系図

 文守【1608-1646】  
子の夫 坊城俊完坊城俊国~俊広の系図


  岩倉具起【1601-1660】〔養子:愛宕通福(→愛宕通福の系図)〕
 権中納言。
 小倉季藤の娘
妻の父 小倉季藤小倉公種~実躬の系図

 権典侍局後西天皇の系図
 具起の娘【?-1662】(『岩倉家譜』による。)
子の夫 北条氏重北条綱成~氏重の系図


  岩倉具詮/具家【1630-1680】
 参議。
 具成【1668-1680】


  岩倉乗具/具統/具偈【1666-1730】〔養子:勧修寺高顕の娘(→勧修寺尹隆・高顕の系図)〕
 権大納言。実は千種有維(→千種有能~有敬の系図)の子。
 恒具 尚具岩倉恒具~具視の系図
 千種有敬〔養父:千種有維〕→千種有能~有敬の系図
 植松賞雅〔養父:植松雅孝〕→植松雅永~雅言の系図
 林岳乗具の娘(2人)(『岩倉家譜』による。)

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岩倉恒具~具視の系図

岩倉恒具~具視の系図

  岩倉恒具(つねとも)/具脩【1701-1760】
 権中納言。宝暦事件に連座した。

祖父 具詮 乗具岩倉具尭~乗具の系図

 本多留久【1708-1735】
 本多長員(→本多重富~長員の系図)の娘。
子の夫 八幡田中坊前大僧正(『岩倉家譜』による。)

 重恒恒具の息子(3人)(『岩倉家譜』による。)
子の夫 正栄寺(『岩倉家譜』による。)


  岩倉尚具(ひさとも)【1737-1799】
 宝暦事件に連座した。父は植松賞雅(→植松雅永~雅言の系図)とも。
 豪遍〔養父:岩倉具選、大炊御門家孝(→大炊御門経秀~師前の系図)〕(『岩倉家譜』による。)
 尚具の息子〔養父:岩倉具選〕(『岩倉家譜』による。)
 尚具の息子(2人)・ 尚具の娘(『岩倉家譜』による。)


  岩倉広雅【1746-1769】
 実は植松賞雅(→植松雅永~雅言の系図)の子。


  岩倉具選(ともかず)/淳吉/家具【1757-1824】〔養子:豪遍、岩倉尚具の息子〕
 従三位。実は柳原光綱(→柳原光綱~光定の系図)の子。
 綾小路有美の娘【?-1836】
妻の父 綾小路有美綾小路俊宗~有良の系図
 具選の息子(『岩倉家譜』による。)
 道子【?-1843】

 乙丸【?-1815】〔養父:光林寺〕(『岩倉家譜』による。)
 寿丸〔養父:森山教覚寺〕(『岩倉家譜』による。)
 八重/季子(『岩倉家譜』による。)
 具選の娘【?-1803】(『岩倉家譜』による。)
 具選の娘【?-1804】(『岩倉家譜』による。)
 革道靖翁 具選の娘(『岩倉家譜』による。)


  岩倉具集【1778-1853】
 権大納言。
 綾小路俊資の娘
妻の父 綾小路俊資綾小路俊宗~有良の系図
 具満【1810-1813】

 具賢【1801-1818】
 実は今城定成(→中山冷泉為親~今城定国の系図)の子。
 具集の息子【?-1795】(『岩倉家譜』による。)
 具集の息子【?-1798】(『岩倉家譜』による。)
 具集の娘〔養父:堀河康親〕
 岩倉具視の妻になった。 


  岩倉具慶【1807-1873】
 参議。実は大原重成(→大原栄顕~重実の系図)の子。
 直丸 文子(『岩倉家譜』による。)


  岩倉具視(ともみ)【1825-1883】
 従三位。実は堀河康親(→堀河康暁~康隆の系図)の子。幕末は公武合体を推し進め、一時は尊攘派に追われた。維新後は新政府の中心で活躍し、特命全権大使として欧米各国を訪れた。
 堀河康親の娘【1833-1874】
 実は岩倉具集の娘。
妻の父 堀河康親堀河康暁~康隆の系図

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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