酒井氏(清和源氏・義国流)・忠稠流の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、酒井氏(清和源氏・義国流)・忠稠流の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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酒井氏・忠稠流(越前国敦賀藩主)の略系図

酒井氏・忠稠流の略系図

1 忠稠酒井忠稠の系図
2 忠菊酒井忠菊・忠武の系図
4 忠香酒井忠香の系図
5 忠言酒井忠言~忠経の系図

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酒井忠稠の系図

酒井忠稠の系図

  酒井忠稠(ただしげ)【1653-1706】
 越前国敦賀藩主。

祖父 忠勝酒井忠勝の系図
 忠直酒井忠直の系図
祖父 松平定頼→松平定頼の系図

 土井利房の娘
妻の父 土井利房土井利房~利寛の系図
 忠菊 忠武酒井忠菊・忠武の系図
 忠音〔養父:酒井忠🈶〕→酒井忠隆~忠用の系図
 忠位〔養父:酒井忠与〕→酒井忠重~忠貞・忠正~勝千代の系図
 忠稠の娘(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 三浦便次三浦共次~梐次の系図

 行快(ぎょうかい)
 祇園社の社務執行として、古記録の整理・保存に努めた。
子の夫 和田惟良→和田惟良の系図

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酒井忠菊・忠武の系図

酒井忠菊・忠武の系図

  酒井忠菊(ただきく)【1679-1722】
 敦賀藩主。

祖父 忠直酒井忠直の系図
 忠稠酒井忠稠の系図
祖父 土井利房土井利房~利寛の系図

 堀田正休の娘
妻の父 堀田正休→堀田正休の系図
 親本〔養父:酒井親愛〕→酒井忠挙~親本の系図
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 忠恭〔養父:酒井親本〕→酒井忠恭・忠仰・忠交~忠全の系図
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 源七竹五郎由之助
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 忠菊の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。宇津教保に嫁ぐ予定であった。
 忠菊の娘(『寛政重修諸家譜』による。)

 青山忠重の娘
妻の父 青山忠重→青山忠重の系図
 九鬼隆直→九鬼隆直の系図

 忠敬〔養父:酒井忠祖〕
 忠香〔養父:酒井忠武〕→酒井忠香の系図
子の夫 池田長元池田長賢~長休の系図
子の夫 宇津教保→宇津教保の系図


  酒井忠武(ただたけ)【1708-1731】
 敦賀藩主。
 忠香酒井忠香の系図
 忠言酒井忠言~忠経の系図

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酒井忠香の系図

酒井忠香の系図

  酒井忠香(ただか)【1719-1791】
 敦賀藩主。実は酒井忠菊(→酒井忠菊・忠武の系図)の子。

祖父 忠菊 忠武酒井忠菊・忠武の系図

 水野忠定の娘
妻の父 水野忠定→水野忠定の系図
 忠恕(ただかず)【1738-1751】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 忠節(ただとき)【1742-1796】
子の妻 酒井忠恭の娘
子の妻の父 酒井忠恭酒井忠恭・忠仰・忠交~忠全の系図

子の妻 土井利信の娘
子の妻の父 土井利信土井利長~利信の系図

 水谷勝政〔養父:水谷勝久〕→水谷勝政の系図
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 忠言 忠藎酒井忠言~忠経の系図
 忠香の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。酒井忠和に嫁ぐ予定であった。
 忠香の娘(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 内藤正弼→内藤正弼の系図
子の夫 水野忠敞→水野忠敞の系図

 山名豊繁〔養父:山名義安〕→山名豊繁の系図
 忠貞〔養父:酒井忠幸〕→酒井忠重~忠貞・忠正~勝千代の系図
 忠進〔養父:酒井忠貫〕→酒井忠与~忠氏の系図
子の夫 服部貞徳→服部貞徳の系図
子の夫 浅野長富浅野長賢~長富の系図
子の夫 酒井忠記酒井忠垠~忠迢の系図
子の夫 小出英敦→小出英敦の系図
子の夫 滝川利雍→滝川利雍の系図
子の夫 酒井忠貞酒井忠次~忠貞の系図

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酒井忠言~忠経の系図

酒井忠言~忠経の系図

  酒井忠言(ただのぶ)【1759-1799】
 敦賀藩主。

祖父 忠武酒井忠菊・忠武の系図
 忠香酒井忠香の系図
祖父 水野忠定→水野忠定の系図

 三浦明次の娘
 『寛政重修諸家譜』によれば、三浦明次の娘との間に、他に娘が2人いる。
妻の父 三浦明次三浦明敬~明次の系図
 歓之助忠邁
 母は『寛政重修諸家譜』による。
子の夫 戸田光陽→戸田光陽の系図

子の夫 秋山正備(『酒井家譜(越前鞠山)』による。)
子の夫 加藤泰豊(『酒井家譜(越前鞠山)』による。)→加藤泰豊の系図


  酒井忠藎(ただえ)/忠明【1781-1833】(以下、『酒井家譜(越前鞠山)』による。)
 敦賀藩主。
 大村純鎮の娘【?-1822】
 実は有馬純養(→有馬純養の系図)の娘。
妻の父 大村純鎮→大村純鎮の系図

 土井利亨〔養父:土井利位〕→土井利厚~利与の系図


  酒井忠毗(ただます)【1816-1876】
 敦賀藩主。
 酒井洛
 酒井忠方(→酒井忠礼~忠匡の系図)の娘。
 永井尚佐の娘
妻の父 永井尚佐→永井尚佐の系図

子の夫 酒井忠道酒井忠与~忠氏の系図


  酒井忠経(ただつね)【1848-1884】
 敦賀藩主。藩の名を鞠山藩に改めた。
 板倉楨
 板倉勝顕(→板倉勝顕の系図)の娘。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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