高野家(藤原氏北家・頼宗流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、高野家(藤原氏北家・頼宗流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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高野保春~保建の系図

高野保春~保建の系図

  高野保春(やすはる)【1650-1712】
 権大納言。高野家の祖。

祖父 基征持明院基春~基征の系図
 基定持明院基定~基雄の系図
祖父 持明院基久持明院基春~基征の系図

 四辻実長〔養父:四辻季藤〕→四辻公韶~公賀の系図
 保房〔養父:高野保光〕
 信姫町尻具英~兼重の系図
子の夫 日野西資敬日野西総盛~延栄の系図


  高野保光【1674-1712】
 権大納言。


  高野保房【1710-1731】
 実は高野保春の子。


  高野隆古【1724-1793】
 実は八条隆英(→八条隆英~隆声の系図)の子。
 松前邦広の娘
妻の父 松前邦広→松前邦広の系図

子の夫 超顕→超顕の系図


  高野保香/忠祐【1747-1790】
 正三位。実は園基衡(→園基衡~基祥の系図)の子。
 石野基棟の娘〔養父:石野基棟(→石野基顕~基佑の系図)〕

 正子光格天皇~孝明天皇の系図


  高野保忠【1779-1800】
 母は『高野家譜』による。


  高野保右【1795-1859】
 正三位。実は持明院基敦(→持明院基胤~基和の系図)の子。
 松前章広の娘
妻の父 松前章広→松前章広の系図
 房子【1820-?】
 母は『高野家譜』による。

 高倉永範の娘
妻の父 高倉永範高倉永範~永祜の系図


  高野保美【1817-1869】
 従三位。『系図纂要』によれば実は持明院基延(→持明院基胤~基和の系図)の子。
 持明院基延の娘
妻の父 持明院基延持明院基胤~基和の系図
 因子桜井供敦~供愛の系図

 定丸【1866-?】(『高野家譜』による。)
 愛丸【1868-?】〔養父:伊藤守礼〕(『高野家譜』による。)


  高野保建【1837-1889】
 岡崎政子/房子
 岡崎国房(→岡崎宣持~国有の系図)の娘。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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