甘露寺家(藤原氏北家・高藤流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、甘露寺家(藤原氏北家・高藤流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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甘露寺家(名家)の略系図

甘露寺家の略系図

1 隆長甘露寺隆長~兼長の系図
4 房長甘露寺房長~伊長の系図
8 経元甘露寺経元~尚長の系図
17 規長甘露寺規長・篤長の系図
19 国長甘露寺国長~義長の系図

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甘露寺隆長~兼長の系図

甘露寺隆長~兼長の系図

  甘露寺隆長【1277-1350】
 権中納言。

祖父 為経吉田為経の系図
 経長吉田経長の系図
祖父 葉室定嗣藤原光親の系図

 中御門経継の娘
妻の父 中御門経継中御門経継~宣豊の系図

子の夫 坊城俊実坊城定資~俊継の系図


  甘露寺藤長【1319-1361】
 権中納言。
子の夫 万里小路嗣房万里小路資通~冬房の系図


  甘露寺兼長(かねなが)【1357-1422】
 権大納言。
 日野時光の娘
妻の父 日野時光日野時光・資康の系図
 清長【1381-1414】
 権中納言。
 房長 親長甘露寺房長~伊長の系図
 万里小路豊房万里小路資通~冬房の系図

 経子後円融天皇~称光天皇の系図

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甘露寺房長~伊長の系図

甘露寺房長~伊長の系図

  甘露寺房長【?-1432】

祖父 藤長 兼長甘露寺隆長~兼長の系図
祖父 日野時光日野時光・資康の系図

 良助【?-1504】
子の夫 三条西公保三条西公時~公条の系図


  甘露寺親長(ちかなが)【1424-1500】
 権大納言。南朝の遺臣が宮中に乱入した際には、太刀を抜いて応戦した。日記は『親長卿記』。
 万里小路春房〔養父:万里小路冬房〕→万里小路資通~冬房の系図
 慶祐【1444-1486】(『系図纂要』による。)
 了淳【?-1504】
 朝子中御門宣胤~宣政の系図
 真盛【1451-1488】
子の夫 朽木貞綱(『系図纂要』による。)→朽木貞綱の系図


  甘露寺元長(もとなが)【1457-1527】
 権大納言。日記は『元長卿記』。
 高倉永継の娘
妻の父 高倉永継高倉永継~永相の系図
 時詔〔養父:二条政嗣(→二条持通~晴良の系図)〕
 父は甘露寺伊長とも。

 空済〔養父:二条持通〕→二条持通~晴良の系図
子の夫 三条西公条三条西公時~公条の系図
 実世三条西実世~実条の系図


  甘露寺伊長/敦長【1484-1548】
 権大納言。
 和気親就の娘
妻の父 和気親就→和気親就の系図
子の夫 正親町公叙正親町公仲~公叙の系図
 実彦正親町実彦~実豊の系図

 五辻諸仲の娘
妻の父 五辻諸仲五辻諸仲~済仲の系図

 俊長/俊藤【1538-1548】
 実は中御門宣忠(→中御門宣胤~宣政の系図)の子。
 煕長/宗親【1537-1551】
 実は中山孝親(→中山宣親~孝親の系図)の子。
 経元 経遠甘露寺経元~尚長の系図

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甘露寺経元~尚長の系図

甘露寺経元~尚長の系図

  甘露寺経元/範家/範信【1535-1585】〔養父:高倉範久(→高倉範継~教遠の系図)〕
 権大納言。実は下冷泉為豊(→下冷泉持為~為豊の系図)の子。

祖父 元長 伊長甘露寺房長~伊長の系図


  甘露寺経遠【1576-1602】(以下、『系図纂要』による。)
 実は勧修寺晴豊(→勧修寺晴秀・晴豊の系図)の子。
子の夫 藤波慶忠→藤波慶忠の系図


  甘露寺豊長【1590-1606】〔養子:中川貞秀(→中川貞長~堤功長の系図)〕
 実は正親町三条公仲(→正親町三条公兄~公仲の系図)の子。


  甘露寺時長【1606-1629】
 実は中川貞秀(→正親町三条公兄~公仲の系図)の子。
 中川貞長 堤輝長中川貞長~堤功長の系図
 時長の娘(『甘露寺家譜』による。)


  甘露寺嗣長【1611-1650】
 参議。実は中川貞秀(→正親町三条公兄~公仲の系図)の子。
 水無瀬氏成の娘
妻の父 水無瀬氏成水無瀬氏成~氏信の系図
 冬長【1637-1648】

子の夫 梅渓英通梅渓季通~通条の系図
子の夫 本多重昭→本多重昭の系図


  甘露寺方長【1648-1694】
 権大納言。
 本多康将の娘
妻の父 本多康将→本多康将の系図
 松平重栄→松平重栄の系図
 康隆〔養父:甘露寺輔長〕

 尚長〔養父:甘露寺康隆〕
 久丸(『甘露寺家譜』による。)
 芳子【1682-1754】(『甘露寺家譜』による。)
子の夫 梅渓通条梅渓季通~通条の系図
 通仲梅渓通仲~通治の系図

子の夫 園基勝(『甘露寺家譜』による。)→園基福~基香の系図


  甘露寺輔長【1675-1694】
 本多重昭の娘
妻の父 本多重昭→本多重昭の系図
 定丸【1695】(『甘露寺家譜』による。)


  甘露寺康隆【1676-1695】
 実は甘露寺方長の子。


  甘露寺尚長【1685-1718】
 権中納言。実は甘露寺方長の子。
 規長 篤長甘露寺規長・篤長の系図

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甘露寺規長・篤長の系図

甘露寺規長・篤長の系図

  甘露寺規長【1713-1783】
 権大納言。実は万里小路尚房(→万里小路雅房~尚房の系図)の子。

祖父 康隆 尚長甘露寺経元~尚長の系図

 黒田長貞の娘
妻の父 黒田長貞→黒田長貞の系図
子の夫 島津重豪(『甘露寺家譜』による。)→島津重豪の系図

 脇坂安清の娘
妻の父 脇坂安清→脇坂安清の系図
子の夫 山科敬言(『甘露寺家譜』による。)→山科頼言~忠言の系図

 千百→鍋島直寛の系図
 規長の娘(『甘露寺家譜』による。)
子の夫 萩原従言→萩原従言の系図
子の夫 唐橋在家(『甘露寺家譜』による。)→唐橋在家~在光の系図


  甘露寺篤長【1749-1812】
 権大納言。
 国長 愛長甘露寺国長~義長の系図
 堤広長〔養父:堤敬長〕→中川貞長~堤功長の系図
 中園実暉〔養父:中園季隆〕→中園季遠~実受の系図
 亮照承学(『甘露寺家譜』による。)
 篤長の娘(『甘露寺家譜』による。)
子の夫 東久世通庸東久世通廉~通禧の系図

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甘露寺国長~義長の系図

甘露寺国長~義長の系図

  甘露寺国長【1771-1837】〔養子:二条千万姫(→鍋島直与の系図)〕
 権大納言。

祖父 規長 篤長甘露寺規長・篤長の系図

 上冷泉為章の娘
妻の父 上冷泉為章上冷泉為泰・為章の系図
 治長【1802-1814】
 小倉輔季〔養父:小倉随季〕→小倉煕季~長季の系図
 妍子光格天皇~孝明天皇の系図
子の夫 北島全孝(『甘露寺家譜』による。)
子の夫 竹内惟和(『甘露寺家譜』による。)→竹内惟和の系図

 関知衛
 関長誠(→関長誠の系図)の娘。
子の夫 本誓寺(『甘露寺家譜』による。)


  甘露寺愛長【1807-1859】
 権中納言。
 藤木玄蕃の娘
 (『甘露寺家譜』による。)
 杉浦家の養子になった。
 穂並(『甘露寺家譜』による。)
 隅田家の養子になった。
子の夫 梅渓通善梅渓通仲~通治の系図

 今城定成の娘
妻の父 今城定成中山冷泉為親~今城定国の系図
 堤功長〔養父:堤哲長〕(『甘露寺家譜』による。)→中川貞長~堤功長の系図
 尚子【1839-1867】(『甘露寺家譜』による。)
 竹園用長永定中川興長 愛長の娘(『甘露寺家譜』による。)


  甘露寺勝長【1828-1870】
 参議。
 保長【1856-?】(『甘露寺家譜』による。)
 松崎万長中川貞長~堤功長の系図
 実は堤哲長の子。
 勝長の娘〔養父:市野真平〕(『甘露寺家譜』による。)
 鷺原量長阿賀丸阿智丸 勝長の娘(2人)(『甘露寺家譜』による。)
子の夫 新庄直興道明寺(『甘露寺家譜』による。)


  甘露寺義長【1853-1917】
 勘解由小路資生の娘
妻の父 勘解由小路資生勘解由小路資忠~光尚の系図

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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