池田氏(清和源氏・頼光流)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、池田氏(清和源氏・頼光流)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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池田氏(備前国岡山藩主)の略系図

池田氏の略系図

1 奉政池田奉政・奉光の系図
3 奉永池田奉永の系図
4 奉継池田奉継~政秀の系図
12 恒利池田恒利・信輝の系図
13-A1 長吉池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図
13-A2 長賢池田長賢~長休の系図
13-A3 長信池田長信の系図
13-A4 友政池田友政~長義の系図
13-A5 利重池田利重~政興の系図

14 輝政池田輝政の系図
15 利隆輝興池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図
16 光政池田光政の系図
17 綱政池田綱政の系図
18 継政池田継政~治政の系図
21 斉政池田斉政~章政の系図

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池田奉政・奉光の系図

池田奉政・奉光の系図

  池田奉政〔養父:紀奉貞(→紀奉貞の系図)〕
 池田氏の祖とされる。『尊卑分脈』『系図纂要』では、以下、紀氏の方に詳細な系図を掲げている。

祖父 頼綱多田頼綱の系図
 仲正馬場仲正の系図


  池田奉光【1129-1181】
 奉永池田奉永の系図
 奉継池田奉継~政秀の系図

 国奉〔養父:池田奉永〕→池田奉永の系図

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池田奉永の系図

池田奉永の系図

  池田奉永(よしなが)【1159-1240】
 鎌倉幕府の御家人として活躍し、承久の乱でも功をあげた。

祖父 奉政 奉光池田奉政・奉光の系図

 奉継 奉忠池田奉継~政秀の系図
 奉経
 母は『系図纂要』による。
曾孫 良院(『系図纂要』による。)

 奉茂
 母は『系図纂要』による。
 野比二郎奉勝(『系図纂要』による。)

曾孫 奉基
 母は『系図纂要』による。

 奉治奉直
 母は『系図纂要』による。
 国奉
 実は池田奉兼(→池田奉政・奉光の系図)の子。
 奉忠
 『系図纂要』によれば猶子。
 静意
 母は『系図纂要』による。
 奉重/国重
 母は『系図纂要』による。
曾孫 奉能〔養父:池田奉任〕→池田奉継~政秀の系図
曾孫 祐奉奉賢
 母は『系図纂要』による。
曾孫 盛円(『系図纂要』による。)

曾孫 助奉/助国/国法
 『系図纂要』によれば母は源氏。
助奉孫 奉親奉為
 母は『系図纂要』による。
助奉孫 五郎兵衛尉二郎(『系図纂要』による。)

曾孫 国光の娘(『系図纂要』による。)

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池田奉継~政秀の系図

池田奉継~政秀の系図

  池田奉継/盛奉【1193-1271】

祖父 奉光池田奉政・奉光の系図
 奉永池田奉永の系図

 奉氏/奉道/宗忠【1209-1277】
 親連
 実は中原政連の子。


  池田奉忠【1207-1278】
 奉任【1226-1321】
 奉公【1260-1285】
曾孫 泰恒(以下、『系図纂要』(清和源氏・池田氏)による。)
奉公孫 充正【?-1482】

 忠任【1251-1292】
 母は『系図纂要』による。
 忠能
 母は『系図纂要』による。
曾孫 忠政(以下、『系図纂要』(清和源氏・池田氏)による。)
曾孫 泰直(以下、『系図纂要』(清和源氏・池田氏)による。)

 定金
 母は『系図纂要』による。32歳で亡くなった。
 奉能
 実は池田奉重(→池田奉永の系図)の子。
曾孫 木順〔養父:池田奉能〕
 実は池田景奉の子。

 康信
 実は金丸康高の子。
曾孫 康行(以下、『系図纂要』(清和源氏・池田氏)による。)
康信孫 義行
 実は池田忠政の子。

 奉明【1233-1307】
 母は『系図纂要』による。
曾孫 奉雄
 『系図纂要』によれば養子。

 奉春【1237-1319】
 母は『系図纂要』による。
 奉保
 母は『系図纂要』による。
 盛氏〔養父:池田長氏〕
 母は『系図纂要』による。

 経能
 母は『系図纂要』による。
 奉忠の娘(2人)(『系図纂要』による。)


  池田長氏/教依
 母は『系図纂要』による。教依の名は『系図纂要』による。『寛政重修諸家譜』や『池田家譜(備前岡山)』では、奉政の末裔である教依からの系譜を記載している。
 盛氏
 実は池田奉春の子。


  池田教正(以下、『系図纂要』による。)
 実は楠木正行(→楠木正行の系図)の子。
 佐正(『系図纂要』による。)
 父は池田頼泰(『池田家譜(備前岡山)』)とも。


  池田頼泰(以下、『池田家譜(備前岡山)』による。)
 『系図纂要』にはみえない。


  池田佐正
 父は池田教正(『系図纂要』)とも。


  池田政秀
子の夫 恒利 信輝池田恒利・信輝の系図

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池田恒利・信輝の系図

池田恒利・信輝の系図

  池田恒利(つねとし)/恒則【?-1538】(以下、『系図纂要』による。)
 実は滝川貞勝の子。

祖父 恒政 政秀池田奉継~政秀の系図

 池田政秀の娘【1515-1608】
 織田信長の乳母。
妻の父 池田政秀池田奉継~政秀の系図


  池田信輝(のぶてる)/恒興(つねおき)【1536-1584】
 幼少期から織田信長に仕え、桶狭間の戦いなどで戦功をあげた。後に長久手の戦いで徳川家康軍に敗れて戦死した。
 荒尾善次の娘
妻の父 荒尾善次→荒尾善次の系図
 織田信時→織田信時の系図
 之助(ゆきすけ)【1559-1584】
 長久手の戦いで戦死した。
子の妻 伊勢貞良の娘
子の妻の父 伊勢貞良→伊勢貞良の系図
 由之
孫の妻 蜂須賀家政の娘
孫の妻の父 蜂須賀家政→蜂須賀家政の系図

 輝政池田輝政の系図
 利隆輝興池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図
 忠雄池田忠継~光仲の系図
 輝澄池田輝澄の系図

 長吉 長幸池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図
 長賢池田長賢~長休の系図

 長政(ながまさ)【1575-1607】
子の妻 加藤嘉明の娘
子の妻の父 加藤嘉明→加藤嘉明の系図
子の妻の夫 日野光慶日野輝資~光慶の系図

孫の夫 山崎家治→山崎家治の系図

 勝右衛門【?-1618】(『池田家譜(備前岡山)』による。)
子の夫 下間頼竜→下間頼竜の系図
子の夫 森長一→森長一の系図
子の夫 中村一氏→中村一氏の系図
子の夫 豊臣秀次→豊臣秀次の系図
子の夫 山崎家盛→山崎家盛の系図
子の夫 浅野幸長浅野光時~幸長の系図
 長晟浅野長晟~綱晟・長治~長寔の系図

池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図

池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図

  池田長吉(ながよし)【1570-1614】
 因幡国鳥取藩主。

祖父 恒利 信輝池田恒利・信輝の系図
祖父 荒尾善次→荒尾善次の系図

 伊木忠次の娘
 長貞〔養父:森寺忠勝〕
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 長政
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 長泰
 実は池田長幸の子。

 長頼(ながより)【?-1632】
 母は『寛政重修諸家譜』による。兄の長幸の跡継ぎ問題で脇坂安経らを殺し、切腹させられた。
子の妻 久留島通春の娘
子の妻の父 久留島通春→久留島通春の系図

 浜島氏
 長賢 長清池田長賢~長休の系図

子の夫 山崎家治→山崎家治の系図


  池田長幸(ながよし・ながゆき)【1587-1632】
 鳥取藩主・備中国松山藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。
 森忠政の娘
妻の父 森忠政→森忠政の系図
 長純(ながずみ)【?-1635】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
子の夫 水野成言→水野成言の系図
子の夫 森長継→森長継の系図
子の夫 堀直時→堀直時の系図

 長信池田長信の系図
 友政池田友政~長義の系図
 利重池田利重~政興の系図

 長泰〔養父:池田長政〕


  池田長常(ながつね)【1609-1641】
 松山藩主。末期養子を認められず絶家となった。
 堀直寄の娘
妻の父 堀直寄→堀直寄の系図
 万大夫
 母は『寛政重修諸家譜』による。
子の夫 溝口政良→溝口政良の系図

子の夫 分部嘉治→分部嘉治の系図
子の夫 酒井忠洪→酒井忠洪の系図


  高島長親(ながちか)【?-1695】
 大久保忠景の娘
妻の父 大久保忠景→大久保忠景の系図
 伊藤重任→伊藤重任の系図


  高島八左衛門【?-1699】


  高島千次郎【?-1702】

池田長信の系図

池田長信の系図

  池田長信(ながのぶ)【1622-1656】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)

祖父 長吉 長幸池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図

 朝比奈氏
 友政 政応池田友政~長義の系図
 分部信政〔養父:分部嘉高〕→分部信政の系図

 安藤氏
 利重 政相池田利重~政興の系図

池田友政~長義の系図

池田友政~長義の系図

  池田友政(ともまさ)【1650-1704】

祖父 長幸池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図
 長信池田長信の系図

 安部信秀の娘
妻の父 安部信秀→安部信秀の系図
 政相〔養父:池田利重〕→池田利重~政興の系図

 政長(まさなが)【1680-1720】
 雨宮正景〔養父:池田長清、雨宮正峯〕→雨宮正景の系図
 成庸〔養父:荒尾成紹〕
 成令〔養父:荒尾成紹〕
 坪内定次〔養父:坪内定富〕→坪内定次の系図
子の夫 神尾元陳→神尾元陳の系図
子の夫 三枝守秀→三枝守秀の系図


  池田政応(まさたか)【1676-1725】
 小堀政利の娘
妻の父 小堀政利→小堀政利の系図

 池田利重の娘
妻の父 池田利重池田利重~政興の系図

子の夫 池田政胤池田利重~政興の系図


  池田豊常(とよつね)【1709-1733】


  池田政倫(まさとも)【1717-1775】
 実は池田政相(→池田利重~政興の系図)の子。
 大岡忠恒の娘
妻の父 大岡忠恒→大岡忠恒の系図


  池田長恵(ながしげ)/晴穹(はるたか)/政以(まさもち)【1745-?】
 実は池田政晴(→池田輝録~政員の系図)の子。
 池田政倫の娘
 実は池田政胤(→池田利重~政興の系図)の娘。

子の夫 松平乗羨→松平乗羨の系図


  池田長義(ながよし)【1783-?】
 実は池田政直(→池田政直~政保の系図)の子。

池田利重~政興の系図

池田利重~政興の系図

  池田利重(とししげ)【1650-1695】

祖父 長幸池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図
 長信池田長信の系図

 岡部佳深の娘
妻の父 岡部佳深→岡部佳深の系図

子の夫 岡部雄救→岡部雄救の系図
子の夫 池田政応池田友政~長義の系図


  池田政相(まさすけ)【1678-1738】
 実は池田友政(→池田友政~長義の系図)の子。
 政倫〔養父:池田豊常〕→池田友政~長義の系図
子の夫 坪内定喜→坪内定喜の系図
子の夫 町野清諱→町野清諱の系図


  池田政胤(まさたね)【1706-1766】
 池田政応の娘
妻の父 池田政応池田友政~長義の系図

 政永(まさなが)【1736-1765】
 政永の娘(2人)〔養父:池田政能〕

子の夫 池田長恵池田友政~長義の系図


  池田政能(まさよし)【1739-?】
 実は坪内定次(→坪内定次の系図)の子。
 池田政胤の娘
 実は大岡忠恒(→大岡忠恒の系図)の娘。

子の夫 児島正孝→児島正孝の系図
子の夫 富田久諶→富田久諶の系図
子の夫 横山一義→横山一義の系図


  池田政興(まさおき)
 木村元英の娘
妻の父 木村元英→木村元英の系図

 安藤定名の娘
妻の父 安藤定名→安藤定名の系図

池田長賢~長休の系図

池田長賢~長休の系図

  池田長賢(ながかた)/長治(ながはる)【1604-1664】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)

祖父 信輝池田恒利・信輝の系図
 長吉池田長吉~長常・高島長親~千次郎の系図

 内藤忠重の娘
妻の父 内藤忠重→内藤忠重の系図

子の夫 水野勝忠→水野勝忠の系図
子の夫 松平康朗→松平康朗の系図
子の夫 竹中重高→竹中重高の系図


  池田長清(ながきよ)/長政(ながまさ)【1645-1710】
 内藤忠吉の娘
妻の父 内藤忠吉→内藤忠吉の系図

 野村氏
 長令〔養父:池田長元〕

 雨宮正景〔養父:雨宮正峯〕→雨宮正景の系図
子の夫 坪内定堅→坪内定堅の系図


  池田長元(ながもと)【1697-1718】
 酒井忠菊の娘
 実は三浦便次(→三浦共次~梐次の系図)の娘。
妻の父 酒井忠菊→酒井忠菊の系図
 宇津教保→宇津教保の系図

子の夫 中根正美→中根正美の系図


  池田長令(ながよし)【1702-1722】
 実は池田長清の子。


  池田長興(ながおき)【1712-1763】
 実は雨宮正景(→雨宮正景の系図)の子。
 伊東長救の娘
妻の父 伊東長救→伊東長救の系図

 川村氏
 清弥〔養父:池田長旧〕

子の夫 戸田光為→戸田光為の系図
子の夫 水野元丈→水野元丈の系図


  池田長旧(ながひさ)【1744-1770】


  池田清弥(きよます)【1750-?】
 実は池田長興の子。
 米津田恒の娘
妻の父 米津田恒→米津田恒の系図

 牧野忠知の娘
妻の父 牧野忠知→牧野忠知の系図
 井上正意→井上正意の系図


  池田長休(ながのり)【1784-?】

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池田輝政の系図

池田輝政の系図

  池田輝政(てるまさ)【1564-1613】
 播磨国姫路藩主。関ケ原の戦いでは岐阜城を攻略し、徳川家康の勝利に貢献した。

祖父 恒利 信輝池田恒利・信輝の系図
祖父 荒尾善次→荒尾善次の系図

 中川糸子(いとこ)【?-1615】
 中川清秀(→中川清秀の系図)の娘。
 利隆 恒元池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図
 光政池田光政の系図

 徳川督姫(とくひめ)【1575-1615】
 徳川家康(→徳川家康の系図)の娘。
 北条氏直北条氏政~氏盛の系図
 忠継 忠雄池田忠継~光仲の系図
 忠雄〔養父:池田忠継〕→池田忠継~光仲の系図
 輝澄池田輝澄の系図
 政武池田政武の系図
 政済池田政済~政行の系図

 政綱(まさつな)【1605-1631】
 播磨国赤穂藩主。嗣子がなく絶家となった。
 輝興 政種池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図
 振姫→伊達忠宗の系図
子の夫 京極高広→京極高広の系図

 安藤氏
 利政【1594-1639】
 利政の娘〔養父:池田光政(→池田光政の系図)〕(『池田家譜(備前岡山)』による。)

 政虎【1590-1635】
 輝高【?-1640】(『池田家譜(備前岡山)』による。)
 輝政の娘(『池田家譜(備前岡山)』による。)
 実は飯尾敏成の娘。日置忠俊に嫁いだ。
 輝政の娘(『池田家譜(備前岡山)』による。)
 実は下間頼竜(→下間頼竜の系図)の娘。大久保長安に嫁いだ。
 輝政の娘(『池田家譜(備前岡山)』による。)
 実は下間頼竜(→下間頼竜の系図)の娘。丹羽幸元に嫁いだ。
 孫太郎 輝政の娘(『池田家譜(備前岡山)』による。)
子の夫 建部光重→建部光重の系図
子の夫 徳永昌重→徳永昌重の系図

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池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図

池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図

  池田利隆(としたか)【1584-1616】
 姫路藩主。大坂冬の陣・夏の陣で功をあげた。

祖父 信輝池田恒利・信輝の系図
 輝政池田輝政の系図
祖父 中川清秀→中川清秀の系図

 徳川鶴子【?-1672】
 実は榊原康政(→榊原康政の系図)の娘。
妻の父 徳川秀忠徳川秀忠の系図
 光政池田光政の系図
 綱政池田綱政の系図
 政言池田政言・政倚の系図
 輝録池田輝録~政員の系図

 政貞(まささだ)【1613-1633】
 利隆の娘(『池田家譜(備前岡山)』による。)
子の夫 山内忠豊→山内忠豊の系図
子の夫 能勢頼隆(『池田家譜(備前岡山)』による。)→能勢頼隆の系図


  池田恒元(つねもと)【1611-1671】
 備前国児島藩主・播磨国山崎藩主。
 松平定勝の娘
妻の父 松平定勝→松平定勝の系図

 恒元の娘(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 板倉重良→板倉重良の系図
子の夫 池田重教→池田重教の系図


  池田政周(まさちか)/政元(まさもと)【1656-1677】
 山崎藩主。
 板倉重大の娘
妻の父 板倉重大→板倉重大の系図


  池田恒行(つねゆき)【1672-1678】
 山崎藩主。実は池田綱政(→池田綱政の系図)の子。嗣子がなく、絶家となった。


  池田輝興(てるおき)【1611-1647】
 播磨国佐用藩主・播磨国赤穂藩主。乱心し妻らを殺害したため、領地を没収された。

祖父 徳川家康→徳川家康の系図

 黒田長政の娘
妻の父 黒田長政→黒田長政の系図

子の夫 黒田之勝→黒田之勝の系図


  池田政種(まさたね)【1637-1683】


  池田政弘(まさひろ)【1659-1696】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)
 池田恒元の娘〔養父:池田輝録(→池田輝録~政員の系図)〕
 竹中重長→竹中重長の系図

子の夫 蜂須賀吉武→蜂須賀吉武の系図


  池田清勝(きよかつ)【1686-1696】〔養子:池田澄古(→池田綱清~重寛の系図)〕
 実は池田光仲(→池田忠継~光仲の系図)の子。

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池田光政の系図

池田光政の系図

  池田光政(みつまさ)/幸隆(ゆきたか・よしたか)【1609-1682】
 姫路藩主・因幡国鳥取藩主・備前国岡山藩主。熊沢蕃山を招いたほか、新田開発を勧め、花畠教場や閑谷学校を設けた。

祖父 輝政池田輝政の系図
 利隆池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図
祖父 徳川秀忠徳川秀忠の系図

 本多勝姫【1618-1678】〔養父:徳川秀忠(→徳川秀忠の系図)〕
 本多忠刻(→本多忠刻の系図)の娘。
 綱政池田綱政の系図
 継政池田継政~治政の系図

 輝子一条教輔~道香の系図
 佐阿→中川久恒の系図
子の夫 本多忠平→本多忠平の系図
子の夫 榊原政房→榊原政房の系図

 水野氏
 政言 政倚池田政言・政倚の系図

 大村氏
 輝録 政晴池田輝録~政員の系図

 光政の娘(『池田家譜(備前岡山)』による。)
 実は池田利政(→池田輝政の系図)の娘。日置忠治に嫁いだ。
 光政の娘(4人)(『池田家譜(備前岡山)』による。)
子の夫 毛利綱元→毛利綱元の系図

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池田綱政の系図

池田輝政の系図

  池田綱政(つなまさ)【1638-1714】
 岡山藩主。弟政言・輝録に所領を分与した。

祖父 利隆池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図
 光政池田光政の系図
祖父 本多忠刻→本多忠刻の系図

 丹羽仙【1645-1700】
 丹羽光重(→丹羽光重の系図)の娘。
 綱政の娘
 金森頼旹に嫁ぐ予定であった。
子の夫 堀田正仲→堀田正仲の系図
子の夫 本多忠国→本多忠国の系図

 吉政(よしまさ)/政孝(まさたか)【1678-1695】
 軌隆(のりたか)/政助【1680-1720】
 政晴〔養父:池田輝録〕→池田輝録~政員の系図
 輝言〔養父:池田政倚〕→池田政言・政倚の系図
 軌明〔養父:池田政倚〕→池田政言・政倚の系図
 軌隆の娘〔養父:池田綱政〕
 軌隆の娘(『寛政重修諸家譜』による。)

 政順(まさとし)【1696-1709】
 継政 宗政池田継政~治政の系図
 政純/隆右〔養父:池田由勝、養子:池田政喬(→池田継政~治政の系図)〕
孫の夫 一条道香一条教輔~道香の系図
孫の夫 池田政員→池田政員の系図
孫の夫 滝川利広→滝川利広の系図

 恒行〔養父:池田政周〕→池田利隆・恒元~恒行・輝興~清勝の系図
 一明〔養父:土倉一長〕(『池田家譜(備前岡山)』による。)
 土松山三郎政之助輝尹百之助熊千代禎五郎岡之助鉄之助正千代安千代新之助助次郎 綱政の娘(20人)(『池田家譜(備前岡山)』による。)
子の夫 毛利吉元→毛利吉元の系図
子の夫 山内豊房→山内豊房の系図
子の夫 立花鑑任→立花鑑任の系図
子の夫 一条兼香一条教輔~道香の系図
子の夫 池田政倚池田政言・政倚の系図

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池田継政~治政の系図

池田継政~治政の系図

  池田継政(つぐまさ)/保教(やすのり)【1702-1776】
 岡山藩主。絵や能楽を好んだ。

祖父 光政池田光政の系図
 綱政池田綱政の系図

 伊達吉村の娘
妻の父 伊達吉村→伊達吉村の系図

 政喬〔養父:池田政純(→池田綱政の系図)〕
子の夫 一条道香一条教輔~道香の系図


  池田宗政(むねまさ)/尚政(なおまさ)【1727-1764】
 岡山藩主。
 黒田継高の娘
妻の父 黒田継高→黒田継高の系図
 相良長寛〔養父:相良福将〕→相良長寛~頼基の系図

子の夫 榊原政敦→榊原政敦の系図


  池田治政(はるまさ)/敏政(としまさ)【1750-1818】
 岡山藩主。閑谷学校を再興した。
 酒井忠恭の娘
妻の父 酒井忠恭→酒井忠恭の系図
 斉政 斉敏池田斉政~章政の系図
 政芳(まさよし)【1775-1834】(以下、『池田家譜(備前岡山)』による。)
 斉成〔養父:池田斉政〕→池田斉政~章政の系図
 伊丹直英〔養父:伊丹直栄(→伊丹直栄の系図)〕
 政芳の娘〔養父:池田政恭(→池田政弼~政礼の系図)〕
 榊原政輿に嫁いだ。
孫の夫 佐野茂好→佐野茂好の系図

 堀直温〔養父:堀直起〕→堀直温の系図
  治政の娘(3人)(『池田家譜(備前岡山)』による。)
子の夫 滝川利広→滝川利広の系図
子の夫 松平頼儀→松平頼儀の系図
子の夫 池田政養池田政直~政保の系図
子の夫 佐野茂好→佐野茂好の系図

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池田斉政~章政の系図

池田斉政~章政の系図

  池田斉政(なりまさ)/政久【1773-1833】
 岡山藩主。

祖父 宗政 治政池田継政~治政の系図

 池田重寛の娘
妻の父 池田重寛池田綱清~重寛の系図
 斉輝【1797-1819】
子の妻 一条知君【1797-1858】
 一条忠良(→一条忠良~実良の系図)の娘。

 本之丞〔養父:池田斉政〕

 本之丞【1816-1820】
 実は池田斉輝の子。
 斉成/懋政【1809-1826】
 実は池田政芳(→池田継政~治政の系図)の子。
子の夫 山内豊資→山内豊資の系図
子の夫 松平斉省→松平斉省の系図


  池田斉敏(なりとし)/久寧【1811-1842】
 岡山藩主。実は島津斉興(→島津斉興の系図)の子。


  池田慶政(よしまさ)/昌朝【1823-1893】(以下、『池田家譜(備前岡山)』による。)
 岡山藩主。実は奥平昌高(→奥平昌高の系図)の子。兵制改革を進めた。
 池田斉敏の娘
 実は池田政善(→池田政直~政保の系図)の娘。

 政実【1850-1869】


  池田茂政(もちまさ)/昭休/修政【1839-1899】
 岡山藩主。実は徳川斉昭(→徳川斉昭の系図)の子。攘夷の立場を取ったが、長州藩の過激な行動には反対した。


  池田章政(あきまさ)/政詮【1836-1903】〔養父:池田政善(→池田政直~政保の系図)〕
 岡山藩主。実は相良頼之(→相良長寛~頼基の系図)の子。はじめ鴨方藩を継いだ。
 戸田氏正の娘
妻の父 戸田氏正→戸田氏正の系図

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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