大岡氏(藤原氏北家)の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、大岡氏(藤原氏北家)の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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大岡氏(三河国西大平藩主)の略系図

大岡氏の略系図

1 忠教大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図
2-A1 直政大岡直政・直好~直陳の系図
2-A2 直利大岡直利~直孝・直信~祥延の系図
2-B1 政貞大岡政貞~直昌・寛直~直久の系図
2-B2 正則大岡正則~政副の系図
4-A 忠行大岡忠行~忠慎の系図
4-B1 忠吉大岡忠吉・忠章の系図
4-B2 吉明三浦吉明~大岡忠美の系図
4-B3 忠高大岡忠高の系図
4-B4 忠久忠通大岡忠久~忠栄・忠通~忠植の系図
4-B5 忠豊大岡忠豊~忠寿の系図
4-B6 忠品忠厚大岡忠品~忠卿・忠厚~忠正の系図

5 忠世大岡忠世~忠宜の系図
9 忠恒大岡忠恒~忠敬の系図

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大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図

大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図

  大岡忠教
 九条教実(→九条教実~師教の系図)の末裔とされる。三河国八名郡宇利郷に住んだ。


  大岡忠勝(ただかつ)/助勝(すけかつ)【1522-1594】
 忠祐(ただすけ)【?-1529】
 忠次(ただつぐ)【?-1560】


  大岡忠政(ただまさ)【1550-1629】
 松平康親の娘
 実は石川康正(→石川親康~清兼・康正~三長の系図)の娘。
妻の父 松平康親松井忠直・松平康親の系図
 忠俊(ただとし)【1573-1600】
 忠行 忠種大岡忠行~忠慎の系図
 忠世 忠真大岡忠世~忠宜の系図

 忠吉 忠章大岡忠吉・忠章の系図
 三浦吉明三浦吉明~大岡忠美の系図
 忠房大岡忠房~忠利の系図

子の夫 水上政光→水上政光の系図
子の夫 中根正成→中根正成の系図
子の夫 都筑勝次→都筑勝次の系図


  大岡政保(まさやす)/直政(なおまさ)【1535-1615】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)
 直政 直好大岡直政・直好~直陳の系図
 直利大岡直利~直孝・直信~祥延の系図

 政貞 政直大岡政貞~直昌・寛直~直久の系図
 正則大岡正則~政副の系図

大岡忠行~忠慎の系図

大岡忠行~忠慎の系図

  大岡忠行(ただゆき)【1576-1615】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)

祖父 忠勝 忠政大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図
祖父 松平康親→松平康親の系図

 筒井正吉の娘
妻の父 筒井正吉→筒井正吉の系図

子の夫 横地忠重→横地忠重の系図
子の夫 加藤治次→加藤治次の系図


  大岡忠種(ただたね)/忠一(ただかず)/忠勝(ただとう)【1611-1684】
 実は大岡忠世(→大岡忠世~忠宜の系図)の子。
 浅井元吉の娘
妻の父 浅井元吉→浅井元吉の系図

 忠英(ただふさ)【1650-?】
子の妻 高田政信の娘
子の妻の父 高田政信→高田政信の系図

子の夫 戸田直武戸田直秀~直利の系図
子の夫 榊原政盛→榊原政盛の系図


  大岡忠方(ただかた)【1641-1688】
 服部貞常の娘
妻の父 服部貞常→服部貞常の系図


  大岡忠種(ただたね)【1669-1697】
 戸田直武の娘
妻の父 戸田直武戸田直秀~直利の系図

子の夫 青木正用→青木正用の系図


  大岡忠恒(ただつね)/忠易(ただやす)【1684-1761】
 実は大岡忠高(→大岡忠高の系図)の子。
 鈴木重旧の娘
妻の父 鈴木重旧→鈴木重旧の系図

 忠順〔養父:大岡忠移〕→大岡忠品~忠卿・忠厚~忠正の系図
子の夫 池田政倫池田友政~長義の系図
子の夫 蜂屋定則→蜂屋定則の系図
子の夫 進成羽→進成羽の系図
子の夫 三枝守知→三枝守知の系図
子の夫 松平忠郷→松平忠郷の系図
子の夫 木造俊永→木造俊永の系図
子の夫 池田政永池田政能池田利重~政興の系図


  大岡忠居(ただおき)【1731-1784】
 田付景林の娘
妻の父 田付景林→田付景林の系図
 竹田政富〔養父:竹田政方〕→竹田政富の系図

 忠貞〔養父:大岡忠慎〕


  大岡忠慎(ただちか)【1756-?】
 忠貞
 実は大岡忠居の子。

大岡忠吉・忠章の系図

大岡忠吉・忠章の系図

  大岡忠吉(ただよし)【1587-1656】(以下、『寛政重修諸家譜』による。)

祖父 忠勝 忠政大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図

 加納久利の娘
妻の父 加納久利→加納久利の系図
 三浦吉明 大岡政春三浦吉明~大岡忠美の系図
 忠宗(ただむね)【1622-1653】
 忠信(ただのぶ)【?-1677】
 実は大岡忠章の子。
孫の夫 前田定相→前田定相の系図

 忠房 忠儀大岡忠房~忠利の系図
子の夫 戸田政次戸田光定~光高・政次の系図
 政倚戸田政倚~光紹の系図
 政道戸田政道~政方の系図

子の夫 石野広重→石野広重の系図


  大岡忠章(ただあき)【1610-1657】
 神尾元勝の娘
妻の父 神尾元勝→神尾元勝の系図
 忠高大岡忠高の系図
 忠品忠厚大岡忠品~忠卿・忠厚~忠正の系図

 忠久忠通 忠代忠方大岡忠久~忠栄・忠通~忠植の系図
 忠信〔養父:大岡忠宗〕
 忠豊 忠平大岡忠豊~忠寿の系図

子の夫 長田重以長田重政~繁茂の系図
子の夫 大岡忠真大岡忠世~忠宜の系図
子の夫 佐野政信→佐野政信の系図

大岡忠高の系図

大岡忠高の系図

  大岡忠高(ただたか)【1635-1701】

祖父 忠吉 忠章大岡忠吉・忠章の系図
祖父 神尾元勝→神尾元勝の系図

 北条氏重の娘
妻の父 北条氏重北条綱成~氏重の系図
 忠品忠厚 忠陣忠寛大岡忠品~忠卿・忠厚~忠正の系図
 忠相〔養父:大岡忠真〕→大岡忠世~忠宜の系図
 忠恒〔養父:大岡忠種〕→大岡忠行~忠慎の系図

子の夫 岡野宗明→岡野宗明の系図
子の夫 土屋茂直→土屋茂直の系図
子の夫 島津久武→島津久武の系図
子の夫 小笠原長成小笠原長住~信編の系図

 忠寛〔養父:大岡忠厚〕→大岡忠品~忠卿・忠厚~忠正の系図
孫の夫 杉浦政臧→杉浦政臧の系図

大岡忠品~忠卿・忠厚~忠正の系図

大岡忠品~忠卿・忠厚~忠正の系図

  大岡忠品(ただしな)【1667-1710】

祖父 忠章大岡忠吉・忠章の系図
 忠高大岡忠高の系図
祖父 北条氏重北条綱成~氏重の系図

 設楽貞根〔養父:設楽貞高〕→設楽貞根の系図


  大岡忠陣(ただのぶ)【1697-1728】
 佐野勝由の娘
妻の父 佐野勝由→佐野勝由の系図
 堀田正清→堀田正清の系図

 成瀬正起の娘
妻の父 成瀬正起→成瀬正起の系図
 忠移〔養父:大岡忠斟〕

子の夫 島田常政→島田常政の系図
子の夫 本多忠儀本多忠清~行孝の系図


  大岡忠斟(ただます)【1715-1736】


  大岡忠移(ただより)/忠禁(ただかた)【1720-1764】
 実は大岡忠陣の子。
 曲淵英允の娘
妻の父 曲淵英允→曲淵英允の系図


  大岡忠順(ただとも)【1736-1778】
 実は大岡忠恒(→大岡忠行~忠慎の系図)の子。
 曲淵英政の娘
妻の父 曲淵英政→曲淵英政の系図

子の夫 板橋盛寿→板橋盛寿の系図


  大岡忠卿(ただのり)【1771-?】
 駒木根政永の娘
妻の父 駒木根政永→駒木根政永の系図


  大岡忠厚(ただあつ)【1681-1708】


  大岡忠寛(ただゆき)【1704-1749】
 実は大岡忠顕(→大岡忠高の系図)の子。
 大岡政春の娘
 実は大岡忠極(→三浦吉明~大岡忠美の系図)の娘。
妻の父 大岡政春三浦吉明~大岡忠美の系図

 森山義倫の娘
妻の父 森山義倫→森山義倫の系図

 森山義方〔養父:森山義立〕→森山義方の系図
子の夫 鈴木自信→鈴木自信の系図
子の夫 筒井順亨→筒井順亨の系図


  大岡忠武(ただたけ)【1732-1781】
 木造俊永の娘
妻の父 木造俊永→木造俊永の系図

子の夫 清水定理→清水定理の系図


  大岡忠正(ただまさ)【1756-1792】
 忠禄(ただよし)【1776-?】

大岡忠久~忠栄・忠通~忠植の系図

大岡忠久~忠栄・忠通~忠植の系図

  大岡忠久(ただひさ)【1636-1713】

祖父 忠吉 忠章大岡忠吉・忠章の系図
祖父 神尾元勝→神尾元勝の系図

 須田盛信の娘
妻の父 須田盛信→須田盛信の系図

 水上正勝の娘
妻の父 水上正勝→水上正勝の系図

 忠極〔養父:大岡政春〕→三浦吉明~大岡忠美の系図
 忠脩〔養父:大岡忠平〕→大岡忠豊~忠寿の系図


  大岡忠代(ただよ)【1679-1716】
 武蔵秀一の娘
妻の父 武蔵秀一→武蔵秀一の系図
 跡部治義→跡部治義の系図

子の夫 戸田由澄→戸田由澄の系図


  大岡忠明(ただあき)【1712-1731】


  大岡忠為(ただため)【1715-1788】
 実は大岡忠脩(→大岡忠豊~忠寿の系図)の子。
 浅岡胤直の娘
妻の父 浅岡胤直→浅岡胤直の系図
 池田季庸→池田季庸の系図

子の夫 大久保忠経→大久保忠経の系図


  大岡忠次(ただつぐ)【1748-?】
 大久保忠昌の娘
妻の父 大久保忠昌→大久保忠昌の系図


  大岡忠栄(ただなが)
 坂部成寿の娘
妻の父 坂部成寿→坂部成寿の系図
 上田政高→上田政高の系図


  大岡忠通(ただみち)【1651-1709】
 佐橋佳明の娘
妻の父 佐橋佳明→佐橋佳明の系図


  大岡忠方(ただかた)【1694-1741】


  大岡忠主(ただぬし)【1726-1792】
 実は大岡忠利(→大岡忠房~忠利の系図)の子。
 服部常晴の娘
妻の父 服部常晴→服部常晴の系図

子の夫 京極高閭→京極高閭の系図
子の夫 細田時富→細田時富の系図


  大岡忠植(ただうえ)【1755-?】
 京極高庭の娘
妻の父 京極高庭→京極高庭の系図
 今村和祥→今村和祥の系図

 筒井忠昌の娘
 実は筒井忠雄(→筒井忠雄の系図)の娘。
妻の父 筒井忠昌→筒井忠昌の系図
 朝比奈矩春→朝比奈矩春の系図

 忠貞(たださだ)【1780-?】
子の夫 関本長寿→関本長寿の系図

大岡忠豊~忠寿の系図

大岡忠豊~忠寿の系図

  大岡忠豊(ただとよ)【1662-1711】

祖父 忠吉 忠章大岡忠吉・忠章の系図
祖父 神尾元勝→神尾元勝の系図


  大岡忠平(ただひら)【1691-1715】
 実は大岡忠儀(→大岡忠房~忠利の系図)の子。


  大岡忠脩(ただなが)【1694-1747】
 実は大岡忠久(→大岡忠久~忠栄・忠通~忠植の系図)の子。
 忠為〔養父:大岡忠明〕→大岡忠久~忠栄・忠通~忠植の系図
 忠英〔養父:大岡忠敬〕
子の夫 石川乗矩→石川乗矩の系図


  大岡忠敬(ただたか)【1719-1782】
 忠敬の娘〔養父:大岡忠英〕


  大岡忠英(ただふさ)【1745-1778】
 実は大岡忠脩の子。


  大岡忠辰(ただとき)【1760-?】
 実は矢部定経(→矢部定経の系図)の子。
 大岡忠英の娘
 実は大岡忠敬の娘。

子の夫 矢部定之→矢部定之の系図
子の夫 三田守勝→三田守勝の系図


  大岡忠寿(ただかず)【1781-?】
 跡部正幸の娘
 実は跡部正賢(→跡部正賢の系図)の娘。
妻の父 跡部正幸→跡部正幸の系図

三浦吉明~大岡忠美の系図

三浦吉明~大岡忠美の系図

  三浦吉明(よしあき)【1613-1660】

祖父 忠政大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図
 忠吉大岡忠吉・忠章の系図
祖父 加納久利→加納久利の系図

 松平清直の娘
 実は松平正世(→松平正世の系図)の娘。
妻の父 松平清直→松平清直の系図


  大岡政春(まさはる)【1646-1721】
 実は戸田政次(→戸田光定~光高・政次の系図)の子。
 米津重勝の娘
 実は竹村嘉広(→竹村嘉広の系図)の娘。
妻の父 米津重勝→米津重勝の系図
 戸田光高〔養父:戸田政信〕→戸田光定~光高・政次の系図

 忠極(ただむね)
 実は大岡忠久(→大岡忠久~忠栄・忠通~忠植の系図)の子。
 水上興正〔養父:水上正高〕→水上興正の系図
 忠極の娘〔養父:大岡政春〕

子の夫 名取信突→名取信突の系図
子の夫 大岡忠寛大岡忠品~忠卿・忠厚~忠正の系図


  大岡忠征(ただゆき)【1700-1753】
 松平尭賢〔養父:松平尭親〕→松平尭賢の系図
 神尾元伝〔養父:神尾元篤〕→神尾元伝の系図
子の夫 土岐朝貞土岐朝澄~朝利の系図
子の夫 細井安興→細井安興の系図
子の夫 松田勝易→松田勝易の系図


  大岡忠近(ただちか)【1725-1777】
 島津利衛子
 実は鳥居忠瞭(→鳥居忠瞭の系図)の娘。
妻の父 島津久芬→島津久芬の系図

 戸田光輝の娘
妻の父 戸田光輝戸田光正~光陽の系図

 忠近の娘〔養父:戸田政利〕→戸田政勝~邦政の系図
子の夫 松平康彊松平康紀~康功の系図
子の夫 本多寛方本多重良~繁文の系図
子の夫 三枝守美→三枝守美の系図
子の夫 設楽貞猶→設楽貞猶の系図


  大岡忠美(ただみ)【1761-?】
 大久保教和の娘
 実は大久保忠章(→大久保忠章の系図)の娘。
妻の父 大久保教和→大久保教和の系図
 忠共(ただとも)【1786-1794】

大岡直政・直好~直陳の系図

大岡直政・直好~直陳の系図

  大岡直政(なおまさ)/直吉(なおよし)【1577-1627】

祖父 忠直 政保大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図

 矢部定清の娘
妻の父 矢部定清→矢部定清の系図
 直利 直保直延大岡直利~直孝・直信~祥延の系図
 矢部直定〔養父:矢部定成〕→矢部直定の系図
 直次〔養父:大岡政直〕→大岡政貞~直昌・寛直~直久の系図

子の夫 後藤吉勝→後藤吉勝の系図
子の夫 山中本俊→山中本俊の系図


  大岡直好(なおよし)【?-1672】
 久保正通〔養父:久保正勝〕→久保正通の系図


  大岡直定(なおさだ)【?-1722】


  大岡直寛(なおひろ)【?-1719】
 実は須田広明(→須田広明の系図)の子。
 直往〔養父:大岡直保〕→大岡直利~直孝・直信~祥延の系図


  大岡直春(なおはる)【1701-1790】
子の夫 浅羽貞固→浅羽貞固の系図
子の夫 大岡直賢大岡直利~直孝・直信~祥延の系図


  大岡直行(なおゆき)【1728-1784】
 杉浦勝美の娘
妻の父 杉浦勝美→杉浦勝美の系図


  大岡直陳(なおのぶ)【1747-?】
 渡辺清の娘
妻の父 渡辺清→渡辺清の系図

子の夫 佐々木正徳→佐々木正徳の系図

大岡直利~直孝・直信~祥延の系図

大岡直利~直孝・直信~祥延の系図

  大岡直利(なおとし)/直成(なおなり)【1614-1693】

祖父 政保大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図
 直政大岡直政・直好~直陳の系図
祖父 矢部定清→矢部定清の系図

 直源〔養父:大岡直次〕→大岡政貞~直昌・寛直~直久の系図
子の夫 大久保忠直→大久保忠直の系図


  大岡直保(なおやす)【1653-1728】
 直近(なおちか)【1683-1701】
 直好(なおよし)【1684-1723】


  大岡直往(なおみち)【1706-1765】
 実は大岡直寛(→大岡直政・直好~直陳の系図)の子。
 河野通喬の娘
妻の父 河野通喬→河野通喬の系図
 前田直主→前田直主の系図
 有馬尚久→有馬尚久の系図

 直旗(なおよし)【1734-1753】
 直往の娘〔養父:能勢頼董〕→能勢頼董の系図
子の夫 飯河盛篤→飯河盛篤の系図


  大岡直賢(なおかた)【1736-1773】
 実は京極高庭(→京極高庭の系図)の子。
 大岡直往の娘
 実は大岡直春(→大岡直政・直好~直陳の系図)の娘。
 伊奈忠貞〔養父:伊奈忠富〕→伊奈忠貞の系図
 瀬名貞宣〔養父:瀬名貞福〕→瀬名貞宣の系図

子の夫 斎藤安光→斎藤安光の系図
子の夫 土屋利博→土屋利博の系図
子の夫 諏訪頼久→諏訪頼久の系図


  大岡直孝(なおたか)【1757-?】
 加藤明邦の娘
妻の父 加藤明邦→加藤明邦の系図
 小河康満〔養父:小河康致〕→小河康満の系図


  大岡直信(なおのぶ)【?-1689】


  大岡直矩(なおのり)【?-1708】


  大岡直氏(なおうじ)【1708-1753】
 実は大岡直源(→大岡政貞~直昌・寛直~直久の系図)の子。


  大岡英氏(ひでうじ)【1730-1779】
 実は江川英勝(→江川英勝の系図)の子。
 市岡正宗の娘
妻の父 市岡正宗→市岡正宗の系図

 安郷
 実は市川清安(→市川清安の系図)の子。
 保々貞方〔養父:保々貞丈〕→保々貞方の系図
子の夫 江川英征→江川英征の系図


  大岡祥延(よしのぶ)【1757-?】
 実は荒川匡房(→荒川匡房の系図)の子。
 大岡英氏の娘
 当初は大岡安郷に嫁ぐ予定であった。

大岡政貞~直昌・寛直~直久の系図

大岡政貞~直昌・寛直~直久の系図

  大岡政貞(まささだ)/直房(なおふさ)【1594-1618】

祖父 忠直 政保大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図

 新見正勝の娘
妻の父 新見正勝→新見正勝の系図
 筒井重政〔養父:筒井吉重〕→筒井重政の系図
 正則 義継大岡正則~政副の系図


  大岡政直(まさなお)/直元(なおもと)【?-1651】


  大岡直次(なおつぐ)【1622-1711】
 実は大岡直政(→大岡直政・直好~直陳の系図)の子。
子の夫 服部貞徳→服部貞徳の系図


  大岡直源(なおもと)【1659-1725】
 実は大岡直利(→大岡直利~直孝・直信~祥延の系図)の子。
 直氏〔養父:大岡直矩〕→大岡直利~直孝・直信~祥延の系図
子の夫 江川英勝→江川英勝の系図


  大岡安直(やすなお)【1700-1744】
 松平勘敬の娘
妻の父 松平勘敬→松平勘敬の系図
 杉浦政武→杉浦政武の系図


  大岡直義(なおよし)【1729-1783】
 大久保往忠の娘
妻の父 大久保往忠→大久保往忠の系図


  大岡直昌(なおまさ)【1759-?】
 富永泰方の娘
妻の父 富永泰方→富永泰方の系図

 長沢資倍の娘
妻の父 長沢資倍→長沢資倍の系図
 林信彭→林信彭の系図

 前田玄昌の娘
妻の父 前田玄昌→前田玄昌の系図
 遠山景煕→遠山景煕の系図


  大岡寛直(ひろなお)【1702-1743】


  大岡直紀(なおとし)【1727-1757】
 原親克の娘
妻の父 原親克→原親克の系図

子の夫 天野忠栄→天野忠栄の系図


  大岡直久(なおひさ)/国吉(くによし)【1745-?】
 服部保時の娘
妻の父 服部保時→服部保時の系図

 永井尚恕の娘
妻の父 永井尚恕永井直敬・尚平・尚方~尚友の系図
 辻盛珍→辻盛珍の系図

大岡正則~政副の系図

大岡正則~政副の系図

  大岡正則(まさのり)【1627-1694】

祖父 政保大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図
 政貞大岡政貞~直昌・寛直~直久の系図
祖父 新見正勝→新見正勝の系図


  大岡義継(よしつぐ)【?-1694】
 実は筒井重政(→筒井重政の系図)の子。


  大岡政一(まさかず)【1682-1747】
 実は筒井重政(→筒井重政の系図)の子。
 大久保忠香の娘
 実は大久保忠晶(→大久保忠晶の系図)の娘。
妻の父 大久保忠香→大久保忠香の系図
 政副〔養父:大岡政央〕


  大岡政央(まさひろ)【1706-1780】
 松平幸隆の娘
妻の父 松平幸隆→松平幸隆の系図

 資奉〔養父:柳沢信普〕
 飯高貞一〔養父:飯高金可〕→飯高貞一の系図
 湊高久〔養父:湊高転〕→湊高久の系図


  大岡政副(まさすけ)【1737-?】
 実は大岡政一の子。
 青山忠雄の娘
妻の父 青山忠雄→青山忠雄の系図
 滝川一興→滝川一興の系図
 野間尚張→野間尚張の系図

 逸見義休の娘
妻の父 逸見義休→逸見義休の系図
 政信(まさのぶ)【1777-?】

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大岡忠世~忠宜の系図

大岡忠世~忠宜の系図

  大岡忠世(ただよ)【1576-1640】

祖父 忠勝 忠政大岡忠教~忠政・忠直・政保の系図
祖父 松平康親→松平康親の系図

 忠種〔養父:大岡忠行〕→大岡忠行~忠慎の系図
子の夫 筒井重政→筒井重政の系図
子の夫 上田元勝→上田元勝の系図


  大岡忠真(ただざね)【1637-1700】
 伏見為則の娘
妻の父 伏見為則→伏見為則の系図

 大岡忠章の娘
妻の父 大岡忠章大岡忠吉・忠章の系図

 小沢重長の娘
妻の父 小沢重長→小沢重長の系図

 主馬【?-1686】


  大岡忠相(ただすけ)/忠義(ただよし)【1677-1751】
 三河国西大平藩主。実は大岡忠高(→大岡忠高の系図)の子。江戸町奉行として活躍し、寺社奉行にも抜擢された。加増されて大名となった。
 市十郎新三郎 忠相の娘(『華族系譜』による。)
子の夫 中川忠利→中川忠利の系図
子の夫 島津久芬→島津久芬の系図
子の夫 中山時庸→中山時庸の系図


  大岡忠宜(ただよし)【1709-1766】
 西大平藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。
 松平近禎の娘
 実は松平近苗(→松平近苗~近礼の系図)の娘。
妻の父 松平近禎松平近禎・近貞の系図

 小瀬氏
 忠予(ただやす)【1737-1770】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 忠恒 忠与大岡忠恒~忠敬の系図
子の夫 水野忠体水野忠久~忠朋の系図
子の夫 堀田正貫→堀田正貫の系図
子の夫 長谷川正満→長谷川正満の系図
子の夫 大岡忠与大岡忠恒~忠敬の系図

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大岡忠恒~忠敬の系図

大岡忠恒~忠敬の系図

  大岡忠恒(ただつね)【1751-1786】
 西大平藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。

祖父 忠相 忠宜大岡忠世~忠宜の系図

 秀三郎(『大岡家譜(三河西大平)』による。)
 忠移〔養父:大岡忠与〕

 忠純(『華族系譜』による。)


  大岡忠与(ただとも)【1758-1786】
 西大平藩主。実は小笠原長逵(→小笠原長勝~長逵の系図)の子。
 大岡忠恒の娘
 実は大岡忠宜(→大岡忠世~忠宜の系図)の娘。
 忠与の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。


  大岡忠移(ただより)【1784-1837】(以下、『華族系譜』による。)
 西大平藩主。実は大岡忠恒の子。
 水野鑓
 水野勝起(→水野勝前~勝寛の系図)の娘。
 増山正賢の娘
妻の父 増山正賢→増山正賢の系図

 愛行〔養父:深津小膳、島田正辰〕
 忠敬〔養父:大岡忠愛〕


  大岡忠愛(ただよし)【1807-1857】
 西大平藩主。
 松平操子
 松平忠翼(→松平忠翼の系図)の娘。


  大岡忠敬(ただたか)/愛致【1828-1887】
 西大平藩主。実は大岡忠移の子。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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