土井氏(清和源氏・頼光流)・利長流の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、土井氏(清和源氏・頼光流)・利長流の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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土井氏・利長流(三河国刈谷藩主)の略系図

土井氏・利長流の略系図

1 利長土井利長~利信の系図
5 利徳土井利徳~利教の系図

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土井利長~利信の系図

土井利長~利信の系図

  土井利長(としなが)【1631-1696】
 三河国西尾藩主。

祖父 利昌土井利昌の系図
 利勝土井利勝の系図

 毛利竹千代
 毛利秀元(→毛利秀元の系図)の娘。

 利長の娘(『土井家譜(三河刈谷)』による。)
子の夫 斎藤利有→斎藤利有の系図


  土井利意(としもと)/利忠(としただ)【1664-1724】
 西尾藩主。実は稲葉正則(→稲葉正則の系図)の子。
 土井利隆の娘
妻の父 土井利隆土井利隆の系図

 利意の娘(『土井家譜(三河刈谷)』による。)
 実は三浦便次(→三浦共次~梐次の系図)の娘。
 利意の娘(3人)(『寛政重修諸家譜』による。)
 利意の娘(2人)(『土井家譜(三河刈谷)』による。)


  土井利庸(としつね)/利計(としかず)【1703-1734】
 西尾藩主。実は三浦便次(→三浦共次~梐次の系図)の子。
 本多忠央の娘〔養父:本多忠次(→本多忠次の系図)〕
 実は本多忠直(→本多忠直の系図)の娘。
妻の父 本多忠央→本多忠央の系図

 松平忠宜〔養父:松平忠堅〕→松平忠宜の系図
 利庸の子(『土井家譜(三河刈谷)』による。)
子の夫 大久保教起→大久保教起の系図


  土井利信(としのぶ)【1728-1771】
 西尾藩主・三河国刈谷藩主。母は『寛政重修諸家譜』による。
 松平忠刻の娘
 実は松平忠救(→松平忠救の系図)の娘。
妻の父 松平忠刻→松平忠刻の系図
 栄丸【?-1760】
 母は『寛政重修諸家譜』による。
 嘉伝次【?-1763】
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 利置(としやす)/村全(むらたけ)【1750-1766】
 実は伊達宗村(→伊達宗村の系図)の子。
 利徳 利制土井利徳~利教の系図
子の夫 小出英常→小出英常の系図
子の夫 酒井忠節→酒井忠節の系図

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土井利徳~利教の系図

土井利徳~利教の系図

  土井利徳(としなり)/村賢(むらかた)【1748-1813】
 刈谷藩主。実は伊達宗村(→伊達宗村の系図)の子。

祖父 利庸 利信土井利長~利信の系図

 松平忠宜の娘
妻の父 松平忠宜→松平忠宜の系図
 利徳の娘
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 利謙〔養父:土井利制〕
 利央【?-1812】
 利位〔養父:土井利厚〕→土井利厚~利与の系図
 利以〔養父:土井利謙〕
 利徳の娘(『土井家譜(三河刈谷)』による。)
子の夫 神尾元喬→神尾元喬の系図


  土井利制(としのり)【1768-1794】
 刈谷藩主。農民一揆により、所領の一部を陸奥国に移された。


  土井利謙(としかた)【1782-1813】
 刈谷藩主。実は土井利徳の子。
 阿部正倫の娘
妻の父 阿部正倫→阿部正倫の系図

 土屋英直の娘
妻の父 土屋英直→土屋英直の系図

 松平忠恕の娘
妻の父 松平忠恕→松平忠恕の系図


  土井利以(としもち)【1797-1829】
 刈谷藩主。実は土井利徳の子。
 堀田正敦の娘
妻の父 堀田正敦→堀田正敦の系図

 利以の娘
 小笠原長穀に嫁ぐ予定であった。
 利以の娘〔養父:多賀高厚〕(『土井家譜(三河刈谷)』による。)
 庚吉 利以の娘(『土井家譜(三河刈谷)』による。)
子の夫 平岡石見守(『土井家譜(三河刈谷)』による。)


  土井利行(としひら・としつら)【1822-1838】
 刈谷藩主。


  土井利祐(としすけ)【1822-1847】
 刈谷藩主。実は堀田正衡(→堀田正衡の系図)の子。
 土井利以の娘(『土井家譜(三河刈谷)』による。)

子の夫 金森左京(『土井家譜(三河刈谷)』による。)


  土井利善(としよし)【1830-1867】(以下、『土井家譜(三河刈谷)』による。)
 刈谷藩主。実は井上正甫(→井上正甫の系図)の子。陸軍奉行などを務めた。


  土井利教(としのり)【1846-1873】
 刈谷藩主。実は建部政醇(→建部政醇の系図)の子。
 平松親姫(ちかひめ)
 平松時言(→平松時行~時厚の系図)の娘。

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』及び東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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