毛利氏(大江氏)・政苗流の系図

系図のメモ帳
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 このページでは、毛利氏(大江氏)・政苗流の系図を掲載しています。系図は、直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。

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毛利政苗~元純の系図

毛利政苗~元純の系図

  毛利政苗(まさなり)/匡平(まさひら)【1718-1781】
 長門国清末藩主。

祖父 元知 匡広毛利元知~師就の系図

 松平美津子
 松平忠雅(→松平忠雅~忠功の系図)の娘。
 政苗の息子【1744】(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 織田輔宜→織田輔宜の系図
子の夫 船越景順→船越景順の系図

 今井氏
 万之助【1736-1737】(『寛政重修諸家譜』による。)
 幾三郎【1737-1738】(『寛政重修諸家譜』による。)
 政苗の娘【1739-1770】
 母は『寛政重修諸家譜』による。毛利広円に嫁いだ。
子の夫 下冷泉為栄下冷泉為俊~為柔の系図

 尾坂氏
 源之助【1746-1754】(『寛政重修諸家譜』による。)
 豊五郎【1757-1759】(『寛政重修諸家譜』による。)
子の夫 戸川逵恒→戸川逵恒の系図

 中川氏
 元貞【1747-1762】
 母は『寛政重修諸家譜』による。

 松井氏
子の夫 池田政直池田政直~政保の系図

 平井氏
 政苗の娘【1758-1759】(『寛政重修諸家譜』による。)


  毛利匡邦(まさくに)/政美(まさみ)/匡訓(まさくに)【1761-1832】(以下、『毛利家譜(長門豊浦)』による。)
 清末藩主。藩校育英館を創設した。
 毛利重就の娘
妻の父 毛利重就毛利吉元~重就の系図
 前田利謙前田利幸~利謙の系図

 吉田兼倶の娘【?-1796】
妻の父 吉田兼倶→吉田兼倶の系図
 匡邦の娘【1796】

 吉田兼倶の娘【1777-1835】〔養父:日野資矩(→日野資時~資平の系図)〕
 匡民【1800-1817】
 匡邦の娘(『華族系譜』による。)

 木村氏
 時亮【1809-1816】
 予三郎【1815-1817】
 匡邦の娘【1806-1821】


  毛利政明(まさあき)/正明【1789-1818】
 清末藩主。実は増山正賢(→増山正賢~正同の系図)の子。


  毛利元世(もとよ)【1796-1845】
 清末藩主。実は堀田正敦(→堀田正敦の系図)の子。
 毛利匡邦の娘【1803-1854】〔養父:毛利元義(→毛利元義~元敏の系図)〕
 元世の娘【1825】

 岡田氏
 元世の娘【1816-1823】

 河合氏
 元次郎【1821-1822】
 貞三郎【1824】
 元世の娘【1806-1821】

 杉本氏
 元世の娘【1831-1852】
 毛利元承に嫁ぐ予定であった。
 元世の娘【1834】

 杉村氏
 元世の娘【1834-1835】
 元世の娘【1837-1838】


  毛利元承(もとつぐ)【1833-1849】
 清末藩主。実は毛利元義(→毛利元義~元敏の系図)の子。


  毛利元純(もとずみ)【1832-1875】
 清末藩主。実は木下俊敦(→木下俊敦の系図)の子。
 毛利斉煕の娘【1820-1862】
妻の父 毛利斉煕毛利治親~元徳の系図
 水野忠武水野忠穀~忠敬の系図

 毛利万栄【1845-?】

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系図について

 本サイトの系図は、『尊卑分脈』、『本朝皇胤紹運録』、『系図纂要』、『寛政重修諸家譜』、東京大学史料編纂所のホームページのデータベースで公開されている家譜及び宮内庁のホームページの書陵部所蔵資料目録・画像公開システムで公開されている華族系譜を参照し、各種辞典類等も参考にして作成しています。
 あくまで『尊卑分脈』等に参考に作成した結果に過ぎませんので、本サイトに掲げた系図が正しいと主張するものではありません。

 系図はおおよそ次の方針で作成しています。

  • 系図に描画する人物の範囲について
     上記のとおり、系図は直系2親等・配偶者・姻族1親等の人物を目安に作成しています。
     下限は『系図纂要』・『寛政重修諸家譜』に掲載された最後の世代を基本としています。
  • 人物の表示の区別について
     系図では、次の通り背景色を区別しています。
     (オレンジ)……天皇
     (緑)……『公卿補任』に掲載される大宝元年3月21日以降の公卿
     (黄)……江戸時代の将軍・藩主
     (水色)……その他男性
     (ピンク)……その他女性
  • 養子・猶子について
     両者を厳格に区別して表記するには力が全く及びませんので、一律「養子」「養父」「養母」と表記しています。
     養子は、『尊卑分脈』等で線で繋がれて養子となる人物が表記されている場合、系図にも表示し、二重線で繋いでいます。
     一方、『尊卑分脈』等で養子関係が人物の傍らに付記されている場合は、系図内には表示しませんでしたが、別途注記しています。
     なお、正室以外との間の子が正室の養子となった場合、系図では実父母との関係のみを表示しています。
  • 正室・側室等について
     これらを厳格に区別して表記することも、力が及びませんので、「妻」「夫」と表記しています。
  • 『尊卑分脈』を基本とした範囲について
     『尊卑分脈』に掲載された氏族は、まずは『尊卑分脈』を基本に系図を作成し、それに拠らない部分との境界となる親子関係は赤線で表示しています。
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